■ピケティコラム@ルモンド
タックスヘイブン(租税回避地)や金融の不透明さに
関わる問題が、何年も前から新聞の1面をにぎわしている。
この問題に対する各国政府の声明は自信に満ちたものだ。
だが、残念ながらその行動の実態とはかけ離れている。
ルクセンブルク当局が多国籍企業の租税回避を手助け
していたことが暴露された2014年のルクセンブルク・リークで、
多国籍企業が子会社を利用して欧州にほとんど税を納めて
いないことが明るみに出た。16年の「パナマ文書」が明らかに
したことが何かというと、先進国と発展途上国の
政治・金融エリートたちが行う資産隠しの規模が
どれほどのものかということだ。ジャーナリストが
自らの任務を果たしているのは喜ばしい。
一方で、政府が果たしていないのが問題なのだ。
08年の金融危機以来、何もなされてこなかった。
ある面では事態は悪化してしまっている。
順を追って見ていこう。欧州では税の引き下げ競争の
結果、大企業の利益に対する課税の税率がこれまでに
ないレベルになった。例えば英国は課税率を17%まで
引き下げようとしている。主要国では先例のない水準だ。
しかもバージン諸島や王室属領にある他のタックスヘイブンを
保護したままである。何もしなければ最終的にどの国も
アイルランドの課税率12%に並ぶだろう。0%に
なることもありうるし、投資に対する補助金まで
出すはめになるかもしれない。
そんなケースがすでに見られている。
一方米国では利益に対して連邦税が課され、税率は35%だ
(さらに5〜10%の州税がかかる)。欧州が民間の利権に
振り回されるのは、欧州は政治的に細分化されており、
強力な公権力が存在しないからなのだ。
この袋小路から抜けだすことは可能だ。ユーロ圏のGDP
(国内総生産)と人口で75%以上を占めるフランス、ドイツ、
イタリア、スペインの4カ国が民主主義と税の公平性に基づいた
新条約を結び、大企業への共通法人税という実効性のある
政策を取れば他国もそれにならうほかなくなるはずだ。
そうしなければ世論が長年求めてきた透明性の確保に
つながらず、しっぺ返しをうけることになるかもしれない。
タックスヘイブンに置かれている個人資産は不透明性が
非常に高い。08年以降、世界のあちこちで巨額の財産が
経済規模を上回る速度で成長し続けた。その原因の一端は、
他の人々よりも払う税が少なくてすんだことにある。
フランスでは13年、予算相がスイスに隠し口座は持って
いないとうそぶき省内でその事実が発覚する懸念はなかった。
ここでもまたジャーナリストたちが真実を明らかにしたのだった。
スイスは、 各国間で金融資産情報を自動的に交換
することに公式に同意した。パナマは拒否しているが、
この情報交換で将来的に問題が解決されると考えられている。
だが、情報交換は18年になってようやく始まることに
なっているのに加え、財団などの保有株には適用されないと
いった例外まで設けられている。しかもペナル ティーは
一切設定されていない。つまり、私たちは「お行儀よく
してください」と頼めば、各国が自発的に問題を解決して
くれる、そんな幻想の中にいまだに生 きているのだ。
厳格なルールを順守しない国には、重い貿易制裁と
金融制裁を科すということを実行に移さなければならない。
ここではっきりさせておこう。ど んなわずかな違反に対しても、
その都度こうした制裁を繰り返し適用していくのだ。
もちろんその中にはフランスの親愛なる隣国スイスや
ルクセンブルクの違反も含まれるだろうが。こうした
繰り返しがシステムの信頼性を確立し、何十年にも
わたって罰を免れてきたことで生み出された、透明性が
欠如した雰囲気から抜け出すことを可能にするだろう。
同時に、金融資産を統一的な台帳に登録するように
しなければならない。欧州のクリアストリームや米国の
証券預託機関(DTC)などといった金融市場で決済
機能を果たす機関を、公的機関が管理できるようにする。
こうした仕組みを支えるため、共通の登録料を課すことも
考えられる。得られた収入は、気候 対策などの
世界全体に関わる公益の財源にあてることもできよう。
疑問がまだひとつ残っている。不透明な金融と闘うために、
各国政府は08年からずっとほとんど何もしてこなかった。
なぜなのか。簡単に言えば、自ら行動する必要はないと
いう幻想の中にいたからだ。中央銀行が十分な貨幣を発行
することで、金融システムの完全な崩壊を免れ、世界を
存亡の危機に追いやる 過ちを避けることができた。
その結果、たしかに景気後退の広がりを抑えることはできた。
しかしその過程で、必要不可欠だった構造改革、
行政改革、税制改革をせずにすませてしまった。
公的セクターと民間とが持っている金融資産は全体で、
国内総生産(GDP)のおよそ1千%、英国では2千%に
あたる。それに比べれば、主要中央銀行の金融資産の
規模は、GDPの10%から25%に上がったとはいえ
小さいままで、必要が生じれば、より増やすことが
できる水準であることは安心材料だろう。
しかしここからわかるのは、とりわけ民間部門の
バランスシートが膨張し続けていることと、システム全体が
極めて脆弱(ぜいじゃく)であるということなのだ。
願わくば「パナマ文書」の教訓に世界が耳をかたむけ、
いよいよ金融の不透明さに立ち向かわんことを。
新たな危機を招かぬうちに。
(〈C〉Le Monde,2016)
(仏ルモンド紙、2016年4月10−11日付、抄訳)
関連記事です。
パナマ文書、流出元にメス 地元検察、電子データ押収

各国首脳らのタックスヘイブン(租税回避地)への関与を
暴露した「パナマ文書」について、パナマ検察当局は
流出元の法律事務所を捜索し、大量の電子データを
押収した。報道を主導する「国際調査報道ジャーナリスト連合」
(ICIJ)には、各国の税務当局から情報提供の要請が相次ぐ。
「27時間にわたる家宅捜索を終えた。押収した情報の
多さに満足している」
13日夜、中米パナマの首都パナマ市中心部。
法律事務所「モサック・フォンセカ」前で、前日から続いた
捜索を終えたばかりの検事が、世界中から詰めかけた
報道陣に語った。
モサック社から流出した「パナマ文書」は、タックスヘイブンに
よる資産運用の実態を明らかにした。パナマ検察当局は
12日、同社の活動に違法行為があった可能性があると
して捜索に踏み切った。
検察は専門家の手を借りて大量の電子データを押収。
「パナマ文書」と同様の顧客情報が含まれていると見られる。
検事は「内容を分析し、(違法性の有無について)結論を出す」と
説明した。分析には時間がかかる見通しだ。
同国のポルセル検事総長も記者会見した。
「不正の有無についてしっかり捜査する」と述べる一方、
「パナマでは税逃れそのものは刑事責任に問えない。
タックスヘイブンに設立された会社が何らかの不正に
利用されていなかったか調べる」とも述べた。
モサック社の前では13日、市民数十人が生活の苦しさを訴え、
「不正は許さない」と抗議した。参加したルイス・ゴンサレスさんは
「金持ちの汚いやり方を許してはいけない。
徹底的に捜査してほしい」と話した。
パナマ文書の発覚で批判が強まる租税回避の問題に
ついては、14、15日に米ワシントンで開かれる
主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議でも
議論される見通しだ。麻生太郎財務相は14日、国際的な
取り組みに向けて「パナマ文書」が「ある意味追い風に
なっている」と述べた。
課題の一つは、税逃れに使われている恐れのある国際的な
金融取引の情報を共有する仕組みをどう整えるかだ。
G20や経済協力開発機構(OECD)は過度な節税や
税逃れを防ぐため、国際的なルールづくりで昨年までに
合意した。各国は国外で暮らす人の銀行口座の情報を
自動で交換するしくみも2017年から順次始めるが、
パナマなど一部の国は参加していない。G20ではこうした
国々に参加を求め、抜け道を許さない体制づくりを急ぐ。
(パナマ市=田村剛、ロンドン=寺西和男)
■<ICIJ提携記事>10カ国超の当局、閲覧要求
報道側は拒否「独立して公に奉仕」
パナマ文書の報道を主導している非営利の報道機関
ICIJと提携先の報道機関に、英国やスペインなど
10カ国以上の税務当局が文書の提供や閲覧を
求めていることが分かった。ICIJは「我々は政府の
代理人ではなく、公に奉仕する独立した報道機関」とし、
要請を拒否している。
ICIJによると、スペインの税務当局の幹部から
「スペインの個人や法人に関する情報を共有してほしい」
との要請が届いた。このほか、英国、ベルギー、カナダ、
インドネシア、ブルガリア、ラトビアなどで、ICIJと提携する
地元の報道機関にも、各国の当局から同様の要請が
相次いでいる。日本の提携先である朝日新聞や
共同通信には今のところ、そうした要請はない。
南ドイツ新聞によると、パナマ文書と同様のファイルの
一部を入手している当局もあるが、すべてのファイルを
持っている当局はない、とみられる。
国際的な社会問題を報道してきたICIJは取材資料を
政府に渡さないのが長年の方針だ。パナマ文書の
データベースは、一般の私人に関して公開の公益性が
低いメールや旅券などの情報が含まれているため、
提携先の記者以外の閲覧は断っている。ICIJや
朝日新聞は2013年4月にも今回とは別のタックスヘイブンの
秘密ファイルに基づき、世界の政治家らの関わりを報道した。
当時、OECDの税務長官会議はICIJを名指しして
「情報を税務当局に提供すること」を奨励したが、
ICIJは応じなかった。
パナマ文書を巡っては、一部の国で記者を攻撃する
動きも出ている。エクアドルの ラファエル・コレア大統領は、
ネットで「腐敗に対する『選択的』な闘いは、さらなる腐敗で
あるだけだ」とツイート。ジャーナリスト6人の名前と
アカウント名も書き込んだ結果、記者に脅迫や侮辱の言葉が
浴びせられている。ベネズエラの国営メディアは
「政府首脳の周辺を選択的に取材している」として記者を
非難 しているという。ロシアのプーチン大統領は14日に
出演したテレビ番組で、「アメリカ政府の職員の陰謀だと
知っている」と改めて反発した。(編集委員・奥山俊宏)
■「暴露心配」「調査、来るのか」 日本の一部富裕層、動揺
「パナマ文書」をめぐり、日本の一部の富裕層にも動揺が
広がっている。ICIJが公益目的で5月に公表を予定する
法人や個人の情報をもとに、日本の国税当局も調査すると
みられるからだ。
「私の会社も暴露されないか」「国税が来るのか」。
香港が拠点の税務・投資コンサルタントの日本人男性には
顧客から問い合わせが殺到している。
開業以来、日本人約300人のタックスヘイブンの法人設立を
支援。手がけた案件にはモサック社が絡むものもあると
いう。男性は顧客に「直ちに問題があるわけではないので、
お待ち下さい」と説明している。
ただ男性は、顧客が日本で適正に税務申告しているかは
知らない。「もし顧客が脱税容疑に問われれば、私も
『幇助(ほうじょ)』ということになるのか。非常に不安だ」
日本の国税局OBの税理士は「公開された文書に
自分の名前が載っているのがわかり、修正申告する
動きも出てくるのではないか」。
東京の税理士法人の場合、顧客は60〜70代の上場企業や
中小企業の経営者が多いという。近年はIT企業の創業者ら
40代も増えている。目的の多くは節税だ。顧客は
「自分は人より頑張った」「従業員を養えるよう利益を
確保したい」などと考えているという。
日本人の節税策にも、モサック社のような法律事務所が
関わるのはなぜか。
日本に近い香港やシンガポールには、日本の富裕層を
相手にするコンサルティング会社がある。多くは日本人
スタッフが常駐。現地で伝統的に富裕層向けサービスに
強い欧州系金融機関の支店で、口座を開く。
ただ、長年こうしたサービスを手がける会社の代表は
「コンサル会社の多くは各国の税務や法律に精通しておらず、
自ら法人の設立はできない。モサック社のような
法律事務所などに直接または間接的に丸投げしている」と明かす。
■高度な税逃れ、国税も関心
日本では海外に5千万円超の財産を持つ人に、それら
をリストアップする「国外財産調書」の提出義務がある。
国税庁によると14年分は約8千人が提出し、財産総額は
3兆円を超えたが「提出していない人がいる」(担当者)。
タックスヘイブンを利用する富裕層が含まれるとみられる。
追徴課税される例もある。13年には証券会社元役員が、
香港の会社に移した約7億円について東京国税局に
所得隠しを指摘されたことが判明。10年には東京の
私立大学の元総長(故人)が欧州のリヒテンシュタインの
銀行口座で運用していた株式など約15億円分について、
遺族が相続財産の申告漏れを指摘されたことが分かっている。
日本の国税庁は富裕層への課税強化を重点課題と
している。14年から「超富裕層プロジェクトチーム」を東京、
大阪、名古屋の各国税局に設け、高度な節税策の
実態把握を進めている。17年から世界の100カ国・地域で
銀行口座などの情報を交換する仕組みも始まる。
パナマ文書には具体的な人名や会社名が記されている。
ICIJが公表すれば、日本の国税当局も申告漏れの
有無など必要な調査に乗り出すとみられる。
国際税務に詳しい国税局OBの税理士は「文書に名前が
載っている人物にはそれを根拠に調査ができ、会社が
判明すれば預金や資産の動きから申告漏れの
有無もわかる」と話す。(磯部征紀、水沢健一、中村信義)