朝日新聞 2013年8月14日

厚生労働省は、大規模な災害や事故が起きたときに
身元確認のために遺体の歯の治療記録を使いやすくするため、
歯科の電子カルテのフォーマット(形式)の統一を進める。
フォーマットがばらばらで照合に時間がかかった東日本
大震災の反省を踏まえたもので、将来は全国的な
統一データベースも視野に入れている。
遺体の損傷が激しくても、残っている歯の治療痕と、
かかりつけ歯科医師が持つカルテを照合することで
身元がわかる。古くから行われている手法だが、
東日本大震災ではあまりうまくいかなかった。
津波で多くの遺体が広い範囲で流され、かかりつけ
歯科医師がわからないケースが多かったことや、
カルテ自体が失われたためだ。さらに、歯科医師が
使っている電子カルテの入力項目などのフォーマットが
メーカーごとに異なり、照合が難しかった。データの
再入力が必要になるなど混乱を招いたため、厚労省は
歯の統一電子カルテづくりを進めることにした。
同省研究班(研究代表者=小室歳信・日本大教授)に
よる調査で、500人分のサンプルデータについて32本の
歯を「虫歯あり」「金属で一部修復」「全て修復」「欠損」
など六つに分類して検索すると、96%は1人に特定できた。
この手法で全国89カ所の歯科医療機関でモデル事業を行う。
個人情報保護などの問題もあるが、統一データベースが
できると遺体の歯の治療痕の情報を入力・検索すれば、
絞り込みができるようになる。
歯の治療記録による身元確認は、1985年に乗客・乗員
520人が死亡した日航ジャンボ機墜落事故で注目された。
一般的に、災害で身元がわからなくなった遺体の1割程度は、
これが身元確認の決め手になるとされ阪神大震災でも役立った。
東日本大震災で、岩手、宮城、福島の被災3県で亡くなり、
身元が確認された1万5678人のうち、8%にあたる1
238人は、この手法で身元が判明。混乱したとはいうものの、
指紋照合で判明した370人より多かった。
南海トラフ沿いで起きるとされる巨大地震では、最悪の場合、
東海、近畿、四国、九州で約32万人が亡くなると
想定されており、統一電子カルテは、身元確認を効率化する
手法の一つと考えられている。
日本歯科医師会は歯科カルテのデータベースの必要性を
訴え、今回の厚労省の動きにつながった。
関連記事です。
「歯」の電子カルテの「データベース」構想
遺体の「身元確認」のために必要なのか?
津波被害の大きかった東日本大震災では、遺体の損傷が
ひどく、容姿や衣服などから「身元」を特定できない場合が
少なくなかったという。そんな中で頼りにされたのが「歯」の情報だ。
しかし、資料となるカルテの多くが津波でなくなってしまったうえ、
紙や電子のかたちでカルテが残っていても、形式が統一されて
いなかったため、照合に時間がかかってしまった。
こうした反省から、厚生労働省は遺体の身元確認に歯の情報を
活用するため歯科医の電子カルテの標準化に動きはじめたようだ。
さらに将来、歯の電子カルテがデータベース化されれば、災害時の
身元確認が円滑に進むことが期待されるという。
しかし、見方を変えると、データベース化は、歯医者を通じた国民の
管理といえなくもない。電子カルテの標準化やデータベース化には、
どのような法的な問題があるのだろうか。
歯科医師の資格も持つ元橋一郎弁護士に聞いた。
「災害被災者の身元特定のために歯科電子カルテの仕様統一を
図るという提案は、眉唾な話ではないかと思います」
このように元橋弁護士は疑問を呈する。そのうえで、歯のデータの
提供に関する法的側面について、次のように説明する。
「身元確認のための歯科診療情報提供は、本人の同意が得られて
いない場合でも個人情報保護法23条1項3号の『公衆衛生の向上』に
あたるとして、警察等に診療情報を提供する余地はあります。
歯科医師には刑法上の守秘義務(刑法134条1項)がありますが、
正当業務行為(同法35条)として解除されるかもしれません」
身元確認をスムーズにおこなうために「歯の電子カルテ」の
標準化をおこなうというプランには、どのような意味があるのか。
「たしかに、歯科電子カルテの仕様が統一されていれば、
遺体の歯の抜け方(残り方)や歯の治療跡等のデータと
照合する作業がいまよりも容易になるでしょう。
しかし、遺体の身元は、これらだけでは確定できず、
写真やレントゲン、模型等が必要です。
すなわち、カルテが電子化されるだけでは、レントゲン等の提供
までは容易にならないので、身元確認のために歯科電子カルテの
様式を統一しようというのは、本質的な議論ではありません」
このように元橋弁護士は指摘する。では、「歯の電子カルテ」の
標準化は必要ないのか。元橋弁護士は「そうではない」という。
(1)診療報酬の電子請求が容易になる
(2)歯科カルテの記述が不十分であることの改善策となる
(3)歯科カルテは自費診療と保険診療の診療録が
分かれているが、その統一が図られ、診療報酬の
二重請求や診療経過の不明確性が改善される
(4)インプラントやパーセレン冠等の高額自費診療の際の
患者への説明、患者の同意が、歯科カルテ上に明確に
記載される可能性がある」
つまり、災害時ではなく、日常的な診療の場面を
考えても、歯科カルテの電子化や標準化は推進する
意義があるというのだ。
「歯科カルテの電子化や仕様統一は、災害時の遺体の
身元特定という例外的な事項から論じるのではなく、
歯科医療を患者にとってより分かりやすいものと
することができるか、社会全体のコストを抑えることが
できるか等の観点から、推進の是非を論じていくべき
問題と考えます」
最近は、歯科診療の場面でも、電子カルテは当たり前の
光景になりつつある。社会全体のIT化の流れからすれば
当然といえるが、デジタルデータは流出したら簡単に
拡散してしまうというリスクもあるので、個人情報保護に細心の
注意をはらいながら、有効活用をしていってもらいたい。
歯科医の電子カルテ統一の話題です。
歯科医師会及び政府の思惑と、
司法側の言い分についての記事を
それぞれ掲載しました。