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2011年08月14日

ロンドンの暴動―1980年代に起きたこと

ロンドンの暴動―1980年代に起きたこと
小林恭子の英国メディア・ウオッチ

6日頃から始まったロンドン各地の暴動について、一体、
どんな人が「暴徒」になっているのかを考える前に、
過去に起きたことを見てみようと思った。というのも、
テレビに出てくるコメンテーターなどが
「80年代の時と比較してー」とよく言っているのだ。
「80年代の話とは全然関係ない」「今、暴徒になっている人は
その後生まれた人たちだから、記憶にないんだよ」という人も多い。
それでも、「何でないか」を知ることも必要と思う。
―有色人種の住民対警察
その前に一般的な話だが、有色人種の英国国民の一部、
具体的にはアフリカ系、カリブ系と識別される、肌の色が
褐色・黒色の男性たちの一定年齢の人たち
(10代から40-50代ぐらい)は、警察による路上質問に
捕まることが多いといわれている。
いくつか、統計の数字でもそれは確か明らかになっている。
これは、1つには、犯罪者や刑務所に送られた人の中で、
この範ちゅうに入る人が、ほかの人種グループと比較すると、
非常に多いからだ、と聞いている(この点についても数字が
いろいろなところで出ているのだが、今回はちょっと省略)。
何故そうなるかというと、話が長くなり、統計・数字なしに語ると、
「人種差別主義者」として批判されてしまうのだけれど、
肌の色自体が一義的に問題なのではなく、例えば家庭環境
(親に仕事があるかどうか、安心感を抱かせるような環境に
あるかどうか、両親や家族が犯罪者であったかどうか、
あるいは過度の飲酒あるいはドラッグ体験があるかどうか)や
教育程度によって、その人の社会環境が変わってしまう
からだといわれている。
警察と有色人種の(若い)男性たちとの関係は、必ずしもハッピーな
ものではない。おそらく、「不当に疑惑の目を向けられている」と
感じる有色人種の男性たちは少なくないはずだ。
1993年に、黒人青年スティーブン・ローレンスが、バスを待って
いるときに数人に殴打され、殺害された事件があった。
犯人グループとされる5人が逮捕されたのだが、有罪には至らず。
人種差別主義者の男性たちがローレンスが黒人だから殺害
したのではないか、とみんなが思っていたが、誰も有罪に
ならないという状態に。1999年、この事件を調査したマクファーソン
報告書はロンドン警視庁が「組織として人種差別主義的だ」と弾劾した。
−ブリクストン暴動(1981年)
南ロンドンのランベス特別行政区の住民と警視庁が
衝突したのが「1981年ブリクストン暴動」である
(ブリクストンはランベス区の中にある)。
1980年代初期、不景気の英国で、もっとも打撃を受けた
地域の一つが南ロンドン・ブリクストン地区に住む、
アフリカ・カリビアン系住民のコミュニティーだった。
高い失業率、貧相な住宅、平均より高い犯罪率に苦しんでいた。
警察と住民との衝突事件が何件か発生し、1981年4月上旬、
警視庁は犯罪撲滅のため、「スワンプ81」作戦を開始した。
ブリクストンに私服警官が派遣され、5日間に1000人が
路上で職務質問を受け、100人が逮捕。4月10日、警官から
逃げようとした黒人住民マイケル・ベイリーと警察官らとの間で
もみ合いになった。ぐったりとなったベイリーを警官らがパトカーで
運ぼうとしたことに、地域住民が反発。11日、多くの住民は
警察がベイリーを見殺しにした、
殺したのだと信じ、群衆となって集まりだした。
その後、群衆の一部が店舗の襲撃、瓶やレンガなどを警察隊に
投げつけるなどした。10日から12日まで続いた事件で、
100台以上の車に火がつけられ、150の建物が損害を受けた。
82人が逮捕された。警視庁からは約2500人、
暴徒は5000人が参加したといわれている。
―ブリクストン暴動(1985年)
南ロンドンで9月28日に発生した暴動である。警視庁の捜査員らが、
拳銃所持違反などの疑いで、マイケル・グロース宅を捜査。
このとき、グロースは自宅におらず、母親のドロシー(ジャマイカ出身)が
在宅だった。しかし、警察は息子マイケルが在宅中と思い、
手荒な捜査を実行。このとき、ドロシーは警察官による発砲で、
下半身マヒ状態となってしまう。
(後、警察はドロシーに賠償金を支払った。)
ドロシーがジャマイカ出身だったため、地域の住民は警視庁による
人種差別行為が起きた、と見た。また、母親は既に死んだと解釈して、
怒りを感じた住民の一部が地元警察署の周りに集まりだした。
集まった群衆のほとんどが黒人で、逆に警察側はほとんどが白人。
こうして、地元住民と警察との対立が大きくなった。地元店舗への
住民による襲撃、窃盗、放火が発生した。
窃盗行為の写真をとろうとしていたジャーナリストが、
暴徒たちから攻撃を受け、後命を落とした。
―トッテナム・ブロードウオーター・ファームでの暴動
今回の暴動と直接比較されているのが、同じトッテナム地域
(ハリンゲイ行政区内)で発生した、1985年10月の
暴動である。このときは同地域のブロードウオーター・ファームが
事件発生地となった。
10月5日、黒人男性フロイド・ジャレットが、「路税支払証明書」
(道路税を支払ったことを示す、自動車のフロントガラスに掲示
する丸いラベル)にかかわる疑念で、逮捕された。4人の警官が
ジャレットの自宅を捜査。ここには母親シンシアも住んでいた。
警察と家族との間のやり取りの中で、シンシアが転び、
心臓発作で亡くなってしまう。(後、娘が警察官に押されて
亡くなったと主張したが、自然死という判断が出た。)
シンシアの死で、もともと警察が人種差別主義的だと考える
地元の黒人コミュニティーの中に、大きな怒りが生まれた。
その1年前には、黒人女性チェリー・グロースがブリクストンで
警察官に射殺されていた。
トッテナム警察署の前に抗議のために群集が集まりだした。
警察と黒人青年たちの衝突が発生し、抗議側はレンガや
火炎瓶などを警察官らに投げつけた。こうした中で、警察官2人と、
3人のジャーナリストたちが流れ弾を受けた。
店舗の窃盗行為や放火も発生した。
火災を止めるために消防隊が派遣された。
警察官キース・ブレイクロックは、消防隊の仕事がスムーズに
進むよう、支援役として配置された人員の一人だった。
消防隊は暴徒に追いかけられ、逃げたが、ブレークロックは
転んでしまった。ブレークロックは、マッチ、ナイフなどを持った
暴徒たちに囲まれた。ブレークロックを動けないようにするために、
暴徒たちは警官を痛めつけ、とうとう死なせてしまった。
ブレークロックの殺害では6人が逮捕された。3人は未成年で
あった。成人の3人が殺人罪で有罪、終身刑となった。
しかし、十分な証拠がなく、1991年、控訴院は3人を無罪にした。
警察側の尋問メモ(証拠として扱われた)に手が加えられて
いたことが判明したのだ。
**
―現在との関連は?
BBCのクレア・スペンサーが各紙の見方を集めている。
http://www.bbc.co.uk/blogs/seealso/2011/08/daily_view_what_can_be_learned.html
 「トライデント作戦」(警視庁による、アフリカ系及びカリブ海系
コミュニティーでの銃による犯罪を処理する作戦)を率いる
クローディア・ウェッブは、1980年代の暴動の根っこにあった
問題がまだ対処されていない、とガーディアン紙に語る。
「トッテナム地域の多くの人がまだ貧困、失業、過度に混雑した
住居の中にいる」「持てるものと持たざるものが隣同士に
生きている。ハリンゲイには裕福な場所もあるが、
破壊された場所は普通のコミュニティーの中心地だった」。
テレグラフ紙のアンドリュー・ギリガンは、事情はすっかり
変わったという。「1980年代は、ロンドン警視庁の
人種差別主義はいつものことだった。
いまや、人種差別主義的なことを一言言っただけで、
キャリアが終わるになる。当時は有色人種の警官は
180人だった。いまは3000人いる」。
「ハフィングトン・ポスト」のコラムニスト、エリザベス・ピアーズは、
変わっていない部分は怒りだという。「いまでも、警察の
パトカーが来ると、ブロードウオーター・ファーム付近では
不満や反対を示す声が出る。警察への嫌悪感はトッテナムの
サブカルチャーの中に入り込んでいる」、
「1985年、トッテナムの若者は怒りをもっていた。
今でも怒りを感じている。これをどうかしないと」。
地域に住むバンシ・カラは、昔の事件のことを抗議者たちは
「覚えていない。黒人青年スティーブン・ローレンスのことも。
『組織的人種差別主義』といえば、ぽかんとされる。
でも、警察に対する不信感と疑念は特有のものだ」と語っている。

関連記事です。

ロンドン暴動 9日朝の状況
ロンドンの暴動が英国の各地にも飛び火し、
国内外からの関心が高まっている。
状況は刻々と変わるが、9日午前11時頃(日本時間午後7時)の
概況は以下(主として情報はBBCから)。
ロンドン各地で店舗や住居への放火、窃盗行為を
止めるため、ロンドン警視庁は1700人の警察官などを
追加導入。放火・窃盗行為は英国中部バーミンガム、
リバプール、ノッティンガム、南部ブリストルなどに広がっている。
キャメロン英首相は休暇を早めに切り上げて帰国し、
緊急会議で閣僚や諜報関係者などと今後の対策を協議。
11日、議会を緊急招集すると発表。
6日(土曜日)に発生した暴動から、8日までの3日間で、
暴動がらみで逮捕された人は、約450人(ロンドン警視庁)。
ロンドン北西部ウェンブリーで、窃盗行為を止めようとした
警察官が車によって負傷し殺人未遂容疑で3人が取調べを
受けている。8日夜までは、ロンドンの副市長が
「軍隊を使っての暴動制止は問題外」としていた(BBCテレビ)が、
警視庁の副警視監スティーブン・カバナーは、9日朝のBBCの
番組で、「すべての選択肢を考慮に入れている」と語っている。
今日明日中に、ロンドン警視庁が市内に配置する警察官の数は
1万3000人ほどになる模様。
バーミンガムでは、暴動関連で100人が逮捕された。
ロンドンのどの場所で反社会的行動が発生しているかの地図は以下(サイトの下方):
http://www.bbc.co.uk/news/uk-england-london-14450248

暴動の元々は、4日、ロンドン北部トッテナムで、
29歳の男性(マーク・ダッガン)が警察に射殺され、6日、
男性の死を追悼するために集まった群衆の一部が暴動化した。
ダッガンが先に発砲したのかどうか、どのような状況で
警察が発砲したのかは公表されていない。独立警察苦情
委員会(IPCC)が調査中。ロンドン市警は、IPCCが調査中の
案件について、詳細を語ることを許されていない。警察によると、
ダッガンは「ギャングのリーダー」とされていたが、交際していた
ガールフレンドがテレビで語ったところによれば、
「ダッガンは決して銃を撃ったりはしない。銃を持って
いなかったと思うし、もし持っていたとすれば、使うどころか、
その場から逃げ出していたと思う」。
保守系新聞「デイリー・テレグラフ」は「暴徒の支配」とする
見出しをつけた1面を作った。大きな写真が一枚つき、
放火された建物から飛び降りる住民の姿を出した。
―太刀打ちできない警察隊
昨晩、私は主にテレビでこのニュースを追っていたが、
例えばロンドン南部クロイドンの大きな家具店が放火されたとき、
ずいぶんと長い間燃えてい、なかなか消防隊がやって
来なかった。南部クラッパムの様子もBBCなどの記者が
状況を携帯電話で伝えていたが、眼前で店舗が放火されたり、
店舗内の物品が盗まれているのを、「誰も止める人がいない」と
生々しく伝えていた。
 一体警察はどこにいたのか?ロンドン警視庁関係者などに
よれば、とにかく人数が足りないようだ。
ある警察官が、「冬の警官」という偽名を使って、状況をネット上で
報告した話をテレグラフが伝えている。「これほど大規模の窃盗
行為を見たことがない」と警官は書く。
「何が起きたかこちらは分かっていても、どうすることもできない」、
「数で圧倒的に負けている」、「疲れきっている」、
「もし行動を起こしたら、さらに犠牲者が増えるだけだ」。
―ブラックベリーで情報伝える
暴動参加者たちがひんぱんに使ったといわれるのが、
携帯電話ブラックベリーのメッセージ・サービス。
これはブラックベリー所有者が個別の番号
(PIN,パーソナル・アイデンティフィケーション・ナンバー)を持ち、
これを入力してメッセージの行き来を行う。ブラックベリーを持って
いない人は読めない。
オフコム(放送通信庁)の調べによれば、英国の10代の
若者たちが最も好むスマートフォンは、アイフォーンでも
アンドロイドでもなく、ブラックベリーだそうだ(全体の37%)。
http://paidcontent.co.uk/article/419-the-role-of-blackberry-in-londons-street-riots/
アイフォーンやアンドロイドフォーンと比較して、
特にプリペイド版の場合、安く買えるという。
ブラックベリーのメッセージ・サービス(BBM)はどんなに
送っても無料なのが10代に好まれているという。また、
ツイッターやフェースブックでのメッセージと違い、
当局が把握するのが難しいのだそうだ。
テレグラフによれば、「トリプル・DES」というアルゴリズムを
使って、メッセージは暗号化されているので、誰が
メッセージを送っているのか(その個人情報を)を
特定するのが難しい。送信者のPINから個人情報を
特定するのは、非常に高度な諜報技術が必要とされるという。
今回、ブラックベリーを開発したRIM(リサーチ・イン・モーション)社は
できうる限り当局に協力すると述べているが、
果たして、どれぐらいすぐ個人の特定化ができて、
これを暴動鎮圧に役立てることができるかというと、
かなり怪しい話になってくるようだ。


コメントです

現在、ロンドンで起きている暴動騒動に
ついての記事です。


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