home003.gif

2010年10月29日

<ロシア>ソルジェニーツィン氏の「収容所群島」学校必修に

<ロシア>ソルジェニーツィン氏の「収容所群島」学校必修に
毎日新聞 10月29日(金)19時1分配信

【モスクワ田中洋之】
旧ソ連時代の反体制作家でノーベル文学賞を受賞した
ソルジェニーツィン氏(1918〜2008年)の代表作「収容所群島」が
ロシアの学校教材に採用された。スターリン体制下での強制労働の
実態を告発した大作を、ナタリヤ夫人(71)が教材用に4分の1に
短縮したもので初等・中等学校(11年生)の最終学年必修扱いとなる。
夫人から完成した本を26日に渡されたプーチン首相は、
「ここに描かれたことを知らずして、我々はロシアを理解することは
できない」と強調。
同書の出版が禁止されたソ連時代との激変ぶりを印象付けた格好だ。
プーチン首相は「ロシアの再生」を訴えたソルジェニーツィン氏を
大統領時代から高く評価し、同氏死去後の09年に学校の教育
プログラムに取り入れるよう教育科学省に指示。ナタリヤ夫人が
1年がかりで「収容所群島」の教材化を進めていた。
ナタリヤ夫人は「(大作の短縮は)困難な作業だったが、原作が
持っている力と輝きを残すことができたと思う」と話している。
ロシア革命の翌年に生まれたソルジェニーツィン氏は、スターリンを
批判したとして強制収容所に送られ、その体験を基にした小説
「イワン・デニーソビッチの一日」で文壇にデビュー。
70年にノーベル文学賞を受賞したが、74年に国家反逆罪で
国外追放となり、米国に移住。ソ連崩壊後の94年に帰国を
果たした。その後、欧米と一線を画す立場から「ロシアの再生」を訴え、
07年6月には当時のプーチン大統領から国家勲章を授与された。


 ◇収容所群島
ソ連時代に「反革命分子」として多くの人が投獄された強制収容所の
実態を描いた作品。74年に書き上げられたが、ソ連では出版が
許可されず、国外で翻訳版が発売されると大反響を呼んだ。
ソ連ではゴルバチョフ政権下の90年にようやく出版が解禁された。


関連記事です。

収容所群島
今月3日、作家ソルジェニーツィンが89歳で没した。
文豪以外で私が初めて知ったロシア人作家がソルジェニーツィン
だった。ノーベル文学賞を受賞したにも係らず、米国に亡命した
事件は、子供時代の私にも異様な印象を与えた。そ
のため学生時代彼の代表作のひとつ『収容所群島』を見たことがある。
だが、『収容所群島』は悪名高きラーゲリ(強制収容所)の実態を
描いた本で、あまりにも暗いため、文庫本第1巻目半ばで挫折して
しまった。後に知ったことだが、悲惨な内容ゆえ、読むのを途中で
止めた人が少なくなかったそうだ。翻訳者の木村浩氏の解説に
よれば、1人でも多くの者に広く読んでもらいたいため、著者からの
希望で文庫本となって出版されたという。その文庫本の1巻目の
裏表紙には著者の3枚の顔写真が映っていた。逮捕前と逮捕後
まもなく、数年経た収容所生活での写真であり、同じ人物がこれほど
顔の表情が変化するものかと驚いた。逮捕前の端正な顔の
若いソルジェニーツィンと、痩せこけ眼が異様に大きくなった
収容所での彼はまるで別人のようだった。
ソルジェニーツィンが逮捕されたのは、友人に当てた手紙に
スターリン
を批判した文言があったからだ。左右問わず全体主義は
検閲制度を生み出す。逮捕後、何度も「逮捕?何のために」と
自問し、「間違いであり、すぐ釈放される」と、はかない望みに
すがる心理が描かれる。それが8年間も収容所暮らしをすることに
なるとは、予測もつかなかっただろう。
スターリン時代はソルジェニーツィンに限らず、多くの国民も
似たような状況で逮捕されており、アレクサンダー.Dという
米国外交官まで囚われたことが記されていた。また、周囲の同僚が
逮捕されていく中、不安に陥り自ら当局に出頭してきた女もいたという。
『収容所群島』には収容所内の様々な拷問が紹介されている。
鉄環で頭を締め付ける、酸の入った浴槽に囚人を浸す、真っ赤に
焼けた鉄棒を肛門に挿入するなどと書かれた箇所には愕然と
させられた。これらは拷問の中でも惨いものだが、肉体を
痛めつけない型も数多くあったのだ。まず面罵。気の弱い者、
繊細な性格の人間には特に効果的であり、女看守に罵られた
だけでショックを受けた学者の例が『収容所群島』にも
書かれていた。他にも椅子に座らせ、背を伸ばしそのまま
動かず座り続けさせる。それだけ?と思う方もいるだろうが、
「同じ姿勢で1時間も座って御覧なさい」と著者は言っていた。
くすぐりもまた耐えがたい拷問でもある。これらが日本を含めた
西側左翼が憧れた共産主義の聖地の実態だった。
この本には日本兵のシベリア抑留に関する箇所もあり、
その処置は間違いだったと記されている。私の職場の同僚に
父がシベリア抑留者だった人がいた。同僚によれば父親は
そのことを絶対に話さなかったというから、想像を絶する体験
だったのだのが伺えた。日本以外の枢軸国の捕虜やバルト三国
ポーランド東部からも多数の捕虜や政治犯が送り込まれている。
既に革命後、夥しい「反革命分子」を収容した実績のある共産党
政権が、他国人にもそれを適応したのだ。強制収容所といえば
ナチスを連想することが多いが、規模では旧ソ連に及ばない。
ソルジェニーツィンも戦争従軍しており、ソ連軍の規律の実態が
浮かび上がる場面もある。
−ドイツ娘なら強姦した挙句、撃ち殺しても構わない。
これは殆ど戦功のようなものである。ただし、故郷を追われた
わがロシア娘やポーランド娘なら、せいぜい裸にして林の中を
追い回し、太腿の内側をたたく程度のイタズラをしてもよいが、
それ以上のことは許されない…
敵側のドイツ娘はともかく、同胞の女に対する振舞いもイタズラを
超えており、果たして“それ以上のこと”が自制できたのか、
極めて疑問である。この蛮行は第二次大戦以降も、アフガンや
チェチェンで続けられたことだろう。
邦訳された木村氏によると、島という言葉は日本人なら親しみを
覚えるが、海を見ぬ大陸国家ロシアの場合、途方も無く遙かな
辺境の地、といった印象を与えるそうだ。『収容所群島』にも
「島から島へ…」という章名がある。
ソ連邦が崩壊して久しい現代でも、未だに共産主義への憧憬を
捨てきれない知識人がいる。社会科学を私の手元にある
国語辞典(小学館)には、こう記してある。「社会の色々な現象を
研究する学問の総称、政治学、経済学など」。共産主義体制での
現象の研究を完全に怠ったゆえ、何時までも幻想にすがるのだろう。



コメントです
今回の学校必修の決定はプーチン氏の
諸外国に向けたリップサービスと思われます。
ですが、それでも、今回の題材を決定材料に
選択したことは、少なくとも自国の過去を、誤った
ものとして自己否定したわけですから、そのことに
ついてはある程度の評価に値すると思われます。

ただし、今回の決定は、他の共産主義国家にとっては
ちょっと面白くない事実でしょうが…



PR]After  glow  Short story
[PR] ソウル! ソウル! ソウル!
[PR] シリーズ・サルサ ソウル発 あじさい文庫 公式紹介サイト
[PR]サルサソウル発・無 料ダウンロード 

[PR]ヴィンテージジャージ専門のVanves
[PR]プラスチック成型 山八化成工業所
posted by salsaseoul at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/41529891
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック