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2016年08月28日

理想と現実の差が生んだ悲劇(きょうも傍聴席にいます)

朝日新聞 2016年8月25日


「人助けがしたい」と強く願った男が空回りの果てに
行き着いたのは、殺人の罪だった。大学の再受験を
めざしていた恋人を手にかけた男が、法廷で語った言い分とは。


2016年6月20日、東京地裁725号法廷で開かれた
裁判員裁判の初公判。被告の男(26)は黒いスーツに
青ネクタイ姿で法廷に立ち、緊張した面持ちで起訴内容を認めた。

 被告「間違いありません」

起訴状によると、被告は昨年2月14日、東京都内の自宅で
交際していた女性(当時24)の首を絞めて殺害したとされる。

被告はなぜ恋人を殺してしまったのか。冒頭陳述や被告人
質問などから、事件の経緯をたどる。

被告は福島県出身。きょうだいと共に両親に育てられた。
法廷で被告は、幼い時から抱えていた悩みを明かした。

被告「6歳ごろからきつ音の症状があり、まわりの友達と
うまくつきあいができませんでした」

言葉が出にくかったり、同じ音を繰り返したりするきつ音。
母親は法廷で「被告が小学生の時に病院に行ったが、
問題はないと言われた」と証言したが、被告にとっては
大きな問題だったという。

被告「中学3年の壮行会で試合への抱負を述べる時、
きつ音のせいではじめから最後までうまくしゃべれなかった。
人生で一番の失敗。悔しくて苦しかった」

被告は「きつ音による負の印象を払拭(ふっしょく)したい」と
高校時代は東大を目指して受験勉強に打ち込んだという。
希望はかなわず、浪人して大学進学をめざしたが、断念。
アルバイトなどの後、2014年、地元・福島を離れて上京した。

弁護人「東京でどんな仕事をしたかったのですか」

被告「人の相談を聞いて、悩みを解決する仕事です」

弁護人「その仕事とは」

被告「探偵です」

契約社員やアルバイトなどで収入を得ながら、探偵事務所の
開業を目指した。両親から仕送りを受けることもあったという。

被害者の女性とはツイッターを介して知り合った。
大学卒業後、就職していた女性が、仕事をやめ、大学を
再受験しようとしていることを知り、被告は14年10月、
生活の支援を申し出た。

被告「生活面でも精神面でもサポートできるかもしれない。
支えてあげたいと思いました」

 弁護人「どうしてですか」

 被告「自分と似た状況なのに、大学受験を目指すという
前向きなところに共感しました」

 弁護人「自分と似た状況、とは」

 被告「社会的に弱い立場にあることです」

 被告は、ツイッターでのつぶやきから「女性は対人恐怖症」と
いう印象を持っていたという。まもなく交際が始まり、2人は
同居するようになった。生活費は被告が全額負担するという
約束だった。だが、被告には被害者に話していない借金があった。

 弁護人「借金はいくらあったんですか」

 被告「160万円ほどです」

 弁護人「なぜ借金を」

 被告「友人や以前勤めていた会社の先輩に貸していたのと、
半分は自分の生活費です」

 弁護人「なぜ借金してまで、先輩や友人に貸したのですか」

 被告「先輩や友人は他に頼れる人はなく困っていたので、
貸してあげようと思いました」

 結局、同居する中で、被害者に借金を知られてしまう。

 弁護人「被害者は何と?」

 被告「『本当に返済しきれるの?』と心配していました」

 弁護人「あなたはどう思っていたのですか」

 被告「返せると思っていました」

 アルバイトを掛け持ちし、早朝から深夜まで働いていたという被告。
15年2月3日には、探偵会社で正社員の試用期間として働くことに
なった。だが、働き始めて4日目の2月6日、被告は職場の
先輩の車を運転中に物損の追突事故を起こし、
約90万円を支払うことに。2日後、会社を休職することになった。

 被告「今後の生活について不安に思いました。
安定した生活ができるようになるのか、と」

 一方、女性は学費を準備できず、その年の大学受験を断念。
同じ頃、かつての勤務先の会社で働き始めた。
被告が借金の支払いができずに女性を頼ったことなどから、
仕事や金銭面での考えの甘さを指摘し、同居解消を
ほのめかしていた。

 そして、2月14日早朝。目を覚ました被告と女性は、
借金と生活費の話になる。

 弁護人「被害者からはどんな話を」

 被告「『借金は返済できるの?』
『この先、安定した収入は得られるの?』と。それを聞いて、
この先どうしたらいいのかと思いました」

 弁護人「被害者はなんて」

 被告「『見通しが甘いよね』と」

 女性は再び眠りについた。被告は横で思いをめぐらせたという。

 被告「これからの生活のことを考えていました。
いつもなら前向きに考えられるが、この日はできなかった。
人生を終わらせようという考えになりました」

 弁護人「被害者については」

 被告「1人にするのは心配で不安だと思いました」

 弁護人「そのほかは」

 被告「正直、自分ひとりで死ぬことへの恐怖もありました」

 被告は隣で横になっている女性の首に手をかけた。
女性は驚いた表情で両手を動かしたが、被告は力を緩めず、
両手で首を絞め続けた。

 殺害後、被告は2〜3時間はぼうぜんとしていたという。
午前11時すぎ、被告は被害者のLINEに
「ご帰宅は何時ごろです?」などとメッセージを送る。

 被告「警察に行って出頭しようと思いましたが、
自白できなければ失踪届を出そうと思いました。
(LINEは)自白できなかったときのために、
失踪届の参考になると思いました」

 結局、被告は午後になって警察署に行ったが自白はせず、
「彼女が帰ってこない」などと相談。
ただ、被告の言動を不審に思った警察官が被告とともに
自宅に行き、事件が発覚した。

 裁判官は殺害の動機をいぶかしんだ。

 裁判官「どうして首を絞めたのかが理解できない。
最初は自分1人で死のうと思ったんですよね?」

 被告「はい。(事件の)ほんの数分間の間に、
死のうとする気持ちの増大がありました」

 被害者の勤務先の上司の調書によると、被害者は
仕事も同僚とのコミュニケーションもうまく出来ていたという。
被害者は被告の借金などの問題から家を出ることを
検討していたが、「深刻な様子はなく、退社時も笑顔だった」と
上司は振り返る。

 質問は、被告が法廷で繰り返した「人を助けたい」と
いう思いにも及ぶ。

 検察官「事件前、あなた1人でも生活し切れていない状態でしたよね」

 被告「そうだと思います」

 検察官「そんな状態で被害者の生活をサポート
するのは無理だったのでは」

 被告「思いだけで動いていました」

 弁護人「弱い人を放っておけないのは、いつからですか」

 被告「きつ音の出始めた6歳ごろからです」

 弁護人「なぜ」

 被告「自分がきつ音の苦しさを経験するうちに、
他の人の苦しみも理解できたのだと思います」

 弁護人「彼女との関係ではどうですか」

 被告「自分という人間の限界を知りたいと思いました。
きつ音を持っていても、人並み以上に生活できる人間に
なりたいという思いがありました」

 被告の精神鑑定をした医師は、法廷で被告について
「自己愛性パーソナリティー障害」と指摘。「相手を弱者に
固定する傾向がある」といい、自分が借金をしてまで人に
金を貸す行為などを「人を救済したいという欲求のために、
人を利用している」と述べた。きつ音についても
「過度にとらわれすぎている」と言った。

 弁護人「何を間違えていたと思いますか」

 被告「他の人の生活をサポートできる人間で
ありたいと強く願いすぎた結果だと思います」

 弁護人「当時、何を受け入れられていなかったのだと思いますか」

 被告「等身大の自分です」

 被告の母親は法廷で、「親としてできる償いをしたい」と
被害者や遺族への謝罪を述べ、「私の体が続く限り、
何とか息子を更生させたい」と誓った。

 被害者の母親は、検察官に代読してもらう形で意見を述べた。

 「被告は私の一番大事なものを奪いました。
私は絶対許しません。娘のためにも、被告を死刑にしてください」

 6月22日。検察側は、「動機はあまりに身勝手で短絡的。
被害者に落ち度はない」として懲役17年を求刑。
一方の弁護側は、「突発的な犯行で、被告は事件当時、
疲労を蓄積し、精神的にも不安定だった」として懲役9年が
相当と主張した。

東京地裁は6月27日、被告に懲役14年の判決を言い渡した。
裁判長は「動機や経緯には必ずしも明瞭でない部分がある」と
指摘し、「自らの身勝手な判断から、何ら落ち度のない
被害者を殺害した。独りよがりで誠に理不尽な犯行だ」と
厳しく非難した。きつ音については触れなかった。

 判決は確定した。(塩入彩)




posted by salsaseoul at 10:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本・社会
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