男性が朝日新聞記者の取材に応じた。若者は出稼ぎ先の
ロシアの経済が悪化する中で、誘い出された。彼が語ったのは、
仲間が消耗品のように殺されていく狂気の光景だった。
■勧誘受け旅行気分で
「旅行に行き、仕事も見つかればいいと思った」。
ボボジョン・カラボエフさん(30)は、シリアに向かった
経緯を話し始めた。
イスラム教徒が多いタジキスタンの首都ドゥシャンベ郊外出身。
学校を中退後、2006年からモスクワで働いた。建設作業員と
タクシー運転手を掛け持ちし、多い月は約32万円を稼いだ。
だがロシア経済が悪化。15年、賃金不払いに見舞われた。
落ち込んでいた時、建設現場で「ハリド」と名乗る同胞と知り合った。
ハリドは「ここよりISでの生活の方がいい」と繰り返した。
IS支配地域は平穏だとし、「工場建設」や「道路舗装」の様子の
ビデオを見せた。「まずは旅行に行き、気に入れば働けばいい」と
提案した。
シリアの知識は何もなかったが、昼夜問わず誘われるうち、
5日後には行こうと決めた。いまにして思えば、ハリドは
ISに若者を送り込む勧誘員だった。
15年4月末、航空券を渡され、1人でトルコのイスタンブールに
飛んだ。協力者に指示されてバスでガジアンテップへ。
キルギス人の家族らと合流し、10人でタクシー2台に分乗して
シリア国境に着いた。有刺鉄線が切られた部分から歩いて越境した。
バスで近くの小学校跡に連れて行かれた。聞いていた状況と
違うと、すぐに分かった。自動小銃を構えた戦闘員がパスポートや
携帯電話を取り上げた。
翌日、ISが首都と称するラッカに着いた。男性は地下室に入れられ、
女性と子どもはどこかに連れて行かれた。地下室には中東や
旧ソ連諸国、米国や欧州から150人以上の若者がいた。
大半がだまされて来たようだった。「イスラム教の講義だ」
として略奪の方法を教えられた。
3日目にチュニジア人が倒れ、病院に運ばれた。その後、
「逃走したのでスパイ容疑で殺された」と聞かされた。
恐ろしくて、誰も不満を口にできなかった。
それでも、いつかここから逃げ出すと決めた。
■司令官「なぜ生き残った」
1カ月半後、旧ソ連諸国の出身者で編成された部隊に
配属された。パルミラでは「訓練はいやだ」と反抗し、
監獄に5日間入れられた。戻ってみると、同じ部隊にいた
タジキスタン人20人のうち16人が軍事訓練の間に
死んでいた。理由の説明はなかった。
初めての戦闘では最前線に配置された。砂ぼこりで敵の姿は
見えない。砲弾が近くに落ち、とっさに地面に伏せた。
「突撃しろ」と無線で指示されたが、そのまま10時間過ごした。
拠点に戻ると、恐怖でパニックになった戦闘員はみな
「戦いたくない」とロシア南部ダゲスタン出身の司令官に
抵抗した。「逆らうと殺す」と言われてもおさまらず、
味方同士で戦う寸前までいった。
次の戦闘では、最前線に行くふりをして物陰に身を潜めた。
司令官が突撃命令を出すと、参謀が「彼らはすぐに死ぬ」と
言い、2人で食事の相談を始めた。約70人が戦闘から戻ると、
司令官は「なぜ生き残ったのか」と怒った。
戦闘員は無意味に死ぬだけだった。
一方、幹部はBMWやトヨタなどの高級車を乗り回し、
エアコン付きの家に住んだ。遺跡や街で略奪を繰り返し、
気に入らない者は殺した。市街地の通りに生首が転がり、
死体がつり下げられた。幹部はイスラム教を名目に正当性を
強調したが、本当の教えでないのは明らかだった。
同年8月、支給された50ドル余りを使い、トルコ国境近くまで
乗せてくれるタクシーを見つけた。検問所ではIS発行の
証明書を見せ、「ISに加わる知人を迎えに行く」と言って逃げた。
いまはタジキスタンに戻り、建設会社で働く。だがシリアのことを
知った友人からの連絡は途絶えた。
結婚したくても、「そんな男と娘を結婚させられない」と親に
拒否される。
「もう100回以上、後悔した。ただ普通の生活がしたい」
■過激派へ流出、対策懸命 タジキスタン
タジキスタンはアフガニスタンに隣接し、ロシアなど
旧ソ連諸国にとってはISなどの過激派組織に対する
防衛線だ。昨年5月、治安警察のハリモフ司令官が
ISに参加したことが判明しており、ISなどの浸透を
防ぐのに懸命だ。
ISで戦うタジキスタン人は約1千人と言われる。
タジキスタン捜査当局は、同国人のIS戦闘員の95%を
特定したとし、写真と名前などを記載したリストを作成。
戦闘員らの逮捕だけでなく、帰国を促すためにも使われる。
昨年には、自らの意思で過激派組織から抜けて帰国した
場合は罪に問わないとする法律もつくられた。
カラボエフさんにも適用され、内務省などの取り調べ後に
釈放された。
ただ国内で取り締まりを強めても、ISへの流入を断つのは
難しい。9割がロシア経由で参加しているとみられるからだ。
旧ソ連諸国からは5千人以上が過激派組織に参加して
いるとの見方もある。
ロシア移民局によると、出稼ぎ労働者など中央アジアから
ロシアへの転入者は16年2月時点で約380万人。
不法滞在者も100万人近いとみられる。ロシア経済が
悪化する中、ロシア大統領直属のイスラム学センターの
ファイズーロ・バロゾダ所長は「長年働いてきた人が
職を失えば、ISに向かいやすくなる」と指摘する。
(ドゥシャンベ=中川仁樹)