息子の結婚費用も出せたという=ダッカ郊外、福田直之撮影
■2030 未来をつくろう
古びた自動車や人力車が行き交うバングラデシュの首都ダッカ。
渋滞で車が止まると、物売りや物乞いが窓を小突く。そんな街の
中心部から車で1時間半ほど西に行った郊外に、180人ほど
が働く工場がある。布や革を切り出し、ミシンで縫い上げ、
バッグを仕上げていく。
国連によると、バングラデシュは1日1・25ドル(約134円)
未満で生活する人が人口の4割超(2010年)を占める貧困国だ。
13年、違法に増築された衣料品工場が入るビルが崩落し、
1千人あまりが亡くなった。先進国の衣料品メーカーが安い
労賃を求めて拠点を構える「世界のアパレル工場」と言われる
裏で、労働環境の劣悪さが見逃されていた。
だが、このバッグ工場は様子が違う。仕上げ担当の
ジャハンギール・ホセインさん(27)は、富裕層の家で召使を
していた。そこから転職してきて7 年。月収は1万タカ
(1万4千円)を超えた。前職の2・5倍だ。
「冷蔵庫やテレビがある大きい部屋に住めて家族も養えています」。
最近、家を建てるため の土地も買った。
平均給与は業界平均の7800タカより5%ほど高い。
責任者のモハマド・マイヌル・ハックさん(38)は
「医療保険も完備していて、大きなお金が必要なときは
会社の無利子ローンも使えます」。検品部門の明るい
照明をまねするなど、他社が待遇面の参考にし始めている。
工場の所有者は日本のベンチャー企業「マザーハウス」
(東京都台東区)だ。大手メーカーと異なり、デザインから
製造、販売まですべて責任を持つ。現地調達した革や
植物のジュートでバッグをつくり、手厚い待遇で従業員を
貧困から救う。デザインも担う山口絵理子社長(34)は
「途上国発の世界に通じるブランド」をめざす。
工場から約5千キロ離れた東京都心。ナチュラルな内装の
マザーハウス本店に並ぶバッグは、革素材ながら軽く、
デザイン性の高さなども女性に喜ばれている。
2万〜5万円ほどで決して安くないが、それでも貧困を
減らす新しい支援のかたちに魅力を感じる消費者に
支えられ、経営は軌道に乗り始めた。
■倫理性を重んじる消費者が支持
貧困や格差といった課題の解決に役立つ製品・サービスを
提供する企業、それを選ぶ消費者が増えている。
国連による2030年までの「持続可能な開発目標
(SDGs)」にも一役買う新たな動きだ。
2日午後、東京都台東区のマザーハウス本店。8日の母の日が
近づき、買い物客らがプレゼントを探していた。
20代の女性は「バングラデシュで働く人のためにもなる。
商品選びのプラス材料です」。
こうした考え方は「エシカル(倫理的)消費」と呼ばれる。
売り上げの一部がカカオ産地の児童労働を防ぐ取り組みに
寄付される森永製菓のチョコレート、原材料の安全性テストに
動物を使わない英ラッシュの美容用品――。
倫理性を重んじる消費者の支持こそ、マザーハウスの強みだ。
同社は3月、創業10年を迎えた。ダッカの大学院で開発学を
学んでいた山口絵理子さんが、単なる資金援助では貧困を
解決できないと考え、布の材料になる現地の植物ジュートを
使った「かわいい」バッグを輸出しようと起業した。
順風満帆ではなかった。当初は工場の確保もままならず、
買い付けた素材を丸ごと持ち逃げされたこともあった。
それでも、できた商品は消費者が意義を感じて買ってくれた。
開発拠点にしてきた工房の退去を迫られたのを機に、
いまにつながる自社工場を建てた。
品質とデザインにこだわる。山崎大祐副社長(35)は
「自社企画だから良いものがつくれる。なるべく在庫を持たず、
セールもしません」。ただ、そ れが現地で十分に給料を支払い、
職人を育てている対価であるというストーリーとなり、ファンを
増やした。経営的には、ここ4年でようやく安定し、直近の
年間売上高は10億円、営業利益は1億円をそれぞれ超えた。
生産地や品目は増えている。09年に進出したネパールでは、
地元名産のシルクやカシミヤを使ったストールを、糸紡ぎから
染色まで一貫生産する。さらに源流を追って養蚕にも
乗り出す予定だ。15年には、インドネシアのジョクジャカルタに
伝わる線細工フィリグリーを使ったジュエリーの生産も始めた。
売り上げは、ほとんどが直営店での販売だ。日本の18店の
ほか、台湾に6店、香港に2店を構える。「途上国から世界に
通用するブランドをつくる」という哲学への共感は、海外の
顧客にも広がる。
台湾の会社員、曹斯永さん(33)も、そんなうちの一人だ。
「品質やデザインにもひかれています。友達や家族にも
薦めているところ」という。昨年、台北でマザーハウスが開いた
イベントで山口さんに頼み、特注の結婚指輪をつくってもらった。
山口さんは「『人生とつきあうブランドにしたい』と思い始めた
ところでの依頼でした。結婚という場なら、きちんと表現できる」
と話す。起業当初、採用面接したバングラデシュの女性は
「15人の家族のために頑張ります」と言った。最近、
途上国では「家族の絆こそがすべての核」と改めて思っていた。
途上国での経験と、消費者との対面が、商売の新たな
コンセプトを生み出しつつある。マザーハウスは今夏、
オーダーメイドによる指輪の受注を始めるつもりだ。
(ダッカ=福田直之)
◇
《持続可能な開発目標(SDGs)》
昨年9月の国連総会で決められた、2030年までの
15年間で取り組む行動計画。今年1月にスタートし、
30年末までの達成を目指す。「貧困をなくす」
「ジェンダー平等」といった17項目からなる。
国連は01年に「ミレニアム開発目標(MDGs)」をまとめ、
15年の達成期限までに途上国の貧困改善などに
成果を上げた。その後継としてSDGsがつくられ、
従来の途上国支援に加え、気候変動への対策など
幅広い課題も盛り込まれた。法的拘束力はないが、
国連を中心に進み具合を監視していくことになっている。