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2015年10月12日

(時時刻刻)虐待、その向こうに 愛せない、親が抱える不安

朝日新聞 2015年10月9日

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児童虐待の増加が止まらない。子育てへの不安や虐待の
連鎖、経済的な問題など、虐待する親はさまざまな
要因を抱える。児童相談所は親子関係の修復に向けた
支援を進めているが、決定的な対応策はない。

■「娘に完璧を求め、できないと許せなかった」
 「母は食事を作らず、帰って来ない日もあった」

愛知県豊橋市の村松葉子さん(40)は長女(5)が歩き始めたころ、
「娘が思い通りにならない」といら立ちが募った。
泣いてもあやさずに放置。しだいに手をあげるようになり、
出かける直前のおむつ替えの時は、激しくお尻をたたいた。

夫(40)とは再婚で、前夫と離婚後、精神的に不安定な時期が
あった。不安をさとられまいと完璧な育児を目指し、離乳食は
全て手作りで、紙おむつは使わなかった。
自らも小学生のころ、言いつけを守らないと母親にたたかれた。

「娘を苦しめたくないのに完璧を求め、できないと許せなかった」。
たたくことは、普通だと思っていた。
海外出張の多い夫は虐待に気づかなかった。

パートを始めて長女を保育所に預けると、心に余裕ができた。
子育ての苦しさを受け止めてくれる人がいたことが、虐待を
やめるきっかけとなった。今 は子育て中の母親の交流の場や
講座を開く団体で活動する。「頑張っても周囲に認められず、
母親は孤独を抱えている。
完璧でなくていい、と伝えたい」と村松 さん。

大津市に住む女性(50)は小学2年から母子家庭で育った。
生活は貧しく、お風呂に入れるのは週に1度ぐらい。
母親は食事を作らず、帰って来ない日もあった。
「仕方なく育てている」という母親の言葉が今も胸に突き刺さっている。

中学2年で家出した。18歳とウソをついて、ホステスとして働いた。
「体を提供すれば、男の人が私を大切にしてくれる」と、寂しさから
売春を重ねた。

21歳で結婚。
長男を産んだが、わがままを言われるたびに頭に血が上った。
長女が生まれ、「この子さえいなくなれば」と思い詰めた。
夜泣きがうるさくて別の部屋に放置すると、翌朝、長女は
亡くなっていた。乳幼児突然死症候群と診断されたが、
「私が殺した」と感じた。
次女が生まれたが長女への罪悪感から覚醒剤に溺れ育児を放棄した。

夫と離婚し、子どもは夫のもとへ。
1年後、寂しくて引き取りたいと言うと、
「薬をやめられていないのに、子どもを巻き込むな」と言われた。
その言葉をきっかけに、依存症からの回復を支援する施設に入り、
5年かけて薬をやめた。

子どもたちとも時々会うようになった。
「『なぜ自分の子どもを愛せないの?』と、思うかもしれない。
でも虐待してしまう親も愛情を受けず育ったことを知って欲しい」

 ■家計や心身、サポート 児相・自治体、連携に課題

全国児童相談所長会が児相を対象に行った2013年の調査では、
虐待の要因とみられる家庭の状況(複数回答)は
親が精神的に不安定など「虐待者 の心身の状態」が32%で
「経済的な困難」が26%。「育児疲れ」も15%に上った。
単一回答で聞き取ったところ、虐待を主導した人の8・2%に
虐待された経験があった。

児相や自治体は、子どもが再び虐待を受けずに安心して
暮らせることを目指す。そのためには虐待した親への支援が
必要で、聞きとりをもとにした虐待の要因に応じて児相が中心に
対応。経済的に苦しければ生活保護などの制度を紹介し、
親が精神的に不安定なら医療機関の受診を促す。

子育て方法を学ぶプログラムも活用。
例えば、日常の場面を想定し、注意する時、ほめる時の
言葉や接し方を練習する。

親の支援を踏まえ、子どもを家庭に戻すかどうか判断するため、
厚生労働省は「子どもは家庭復帰を望んでいるか」
「地域では公的機関などの支援体制が確保されているか」と
いったチェックリストを示している。

静岡県藤枝市の 県中央児童相談所では独自のリストを作成。
虐待されて施設や里親に預けられた子どもを常時100人
前後支援するが、14年度中に家庭へ戻ったのは12人だった。
担当者は「親が復帰を強く希望しても子の安全確保が最優先。
どの環境が子どもにとって一番なのかという姿勢で対応する」と話す。

ただ、家庭復帰の判断は難しい。
高知県香南市で14年12月、当時3歳の女児が母親らに布団で
す巻きにされ、窒息死した。この女児は虐待されて施設に入った後、
児相の支援を経て家庭に復帰。14年9月に当時住んでいた
高知市が支援を引き継いだ。
この事例の検証報告では、母親は経済的な苦しさや精神的な
不安定さを抱え、高知市は把握していたが、支援が
追いつかなかったとみなされた。(長富由希子、畑山敦子)

 ■<考論>「親子一緒」限界も

西澤哲・山梨県立大教授(臨床福祉) 
子どもが亡くなるような深刻な虐待では、親の多くが幼少期に
虐待されたとみられる。愛された経験がないため異性や薬物に
依存して子どもをネグレクト(育児放棄)し、殴られて育ったため
「しつけには体罰が必要」と暴力をふるう。
貧困や精神疾患などの問題が芋づる式に起きる人も多い。
親の問題が根深いと虐待を止めるのは難しい。親子で一緒に
暮らせるようにすることをあきらめ、信頼できる大人のケアで
子どもが暮らせることも社会の責任だ。

 ■<考論>地域の手助け必要

宮島清・日本社会事業大准教授(児童福祉) 
様々なトラブルを抱えながら、しんどい暮らしをしている親子は
少なくない。特に虐待した親の困難は深刻で、反省を求めたり
子どもへの接し方を訓練したりするだけでは十分ではない。
親子の状況を把握し、児相だけでなく市区町村や保育所、
学校、病院なども関 わるオーダーメイドで包括的な支援が

不可欠だ。親が変わるのを待つだけでなく、例えば保育所入所や
子どもの食事・洗濯の補助など、地域が親子とつながっていく
支援をすべきではないか。

関連記事です。
育児ノイローゼの母がネグレクトを題材にした映画「子宮に沈める」を観る

よく「自分のこどもを産んでから子供が事故に合うニュースが辛くて
見てられない」とか聞きますが、わたしは全く逆です。

産むまでは虐待や事故のニュースは可哀想で泣いて
しまう程共鳴するタイプだったんですが子どもを産んでから
全く感じなくなりました。

まったくです。

母性も産んだ時に一緒に出しちゃったんじゃねーの!と思います。
ハハーン。まあ、たぶん心を麻痺させることでなんかの
バランス保ってるんでしょうね。

むしろ幼児遺棄事件とかネグレクト、連続殺人事件のニュースや
映画をあさるように観るようになりました。見て、知って、ネグレクトを
する母親と自分とどこが違うのか確認したい、自分の子どもや親を
殺す程わたしはそこまで追いつめられているのか確認したい、
そんな気持ちがあるんだと思います。

で、ずっと気になってた大阪2児放置死事件を題材にした映画
「子宮に沈める」がレンタルに出てたので借りてきました。

以下バリバリネタバレしてます。

よき母であろうとする由希子、シングルマザーになってからこども達と
3人での生活が始まります。母親の心情を象徴するように部屋は
どんどん荒れていきます。手作りしてお皿に出していた食事が
スーパーのパックのまま食卓に載るようになってになって、子どもの
食べ散らかしはまき散らされたままになり、台所の流しで煙草の灰を
捨てるようになり、ゴミの日に出せないゴミ袋が大量にたまっていく…。
母親の格好も水商売を始めたのか、ほっこりファッションから
高いヒールに薄いドレスと、どんどん派手にだらしなくなっていく。
そしてとうとうドアと 扉にガムテームで目張りをして、
大量のチャーハンを作って出て行く…

で、感想は、あーすげー嫌な感じに作ったなー、でした。

子どもが可哀想で嫌だったのではなく、あの部屋の閉塞感。
ずっとマンションの部屋の中で撮影されて、やたらと長廻しなのです。
あと子ども目線なのか 視界が低い。うまいなー。子どもの泣く声、
ママーママーってずっと呼ぶ声。突然切れる映像。わたしを
責めるように泣く新生児を抱いて、ずっと部屋から出ていなかった
産後の一ヶ月の期間を思い出して観るのが辛かった。産後の
母って視界が低いんですよね。ベッドで寝てた人も布団に
寝るようになったり、赤ちゃんのおもちゃにあわせて寝転んだり
するから。その時に見た風景とそっくりでした。

あとね、事件の内容というより母性がわかりやすく
演出されてるのが鼻につく。

男が撮った映画だなーと思いました。

はじめの丁寧にロールキャベツ作るところとか、最後の死体に
手編みの母親のマフラー巻いてあげるとか、はいはい母性ですねって
感じで何の共感もできなかった。子どものシーンの圧倒的な
息苦しいリアルさに対して、母親のでてくるシーンがミナミの帝王か!
って突っ込みたくなるほど安っぽすぎる。萬田はんは好きですけどね。

あんなに母性を神聖化して描く必要なかったと思う。
そのせいで整頓された「お話」になってて、わかりやすすぎた。
監督の力量不足なのか故意なのかはわかりませんが、
もっとカオスだっただろうに。きれいにとまとめる必要あったの?

監督インタビューに観客の想像の余地があるように撮ったとか
書いてあったけど、どこが???でした。いやいやいやいや、
「子どもを愛してるいいお母 さんがちょっとしたきっかけで
ネグレクトするんですよ、誰でも陥る事態かもよ」でしょう。
はじめっからお手本のようないいお母さん描いて、絵に
描いたような堕落の一途をたどってって… でも子どもは
愛してたんですよーって何の想像の余地もないよ…。

事件について考えるきっかけにはなるだろうけど、
母性演出がフィクションすぎて自分の身に寄り添わせて
考えるのは難しい映画でした。
手編みのマフ ラーの編み針で堕○してるなんていう
ストーリーの〆みせられて、自分の身近で虐待が
起こってるかもなんて考えられないよねー。
まあルポルタージュの本でてるけどね、真実について
知りたければそっち読めばいいし。
だいたい乳幼児がいる家の部屋なんて、
ネグレクトしなくてもあれくらい荒れてる
よ!!!!
と声を大にして言いたい。
(そうでもないですかね、すいません)
この映画を知った時に観ないで批判するな!って書いてあった
レビューがあったけど、告知映像の方がネグレクトの悲壮さ
は伝わるんじゃないかな。観た方が批判したくなったわ…。

育児ノイローゼ母としてはどうせフィクションにしちゃうなら、
ほっこり*お母さんのままネグレクトしてる映画が観たかったです。
それくらい育児の闇って深いし、周りからわかりにくいと思うよ。



posted by salsaseoul at 21:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本・社会
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