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2016年03月23日

「介護する人の思い背負った」 認知症事故、勝訴の長男


朝日新聞 2016年3月22日

認知症の男性(当時91)が列車にはねられて死亡した事故を
めぐり、JR東海から損害賠償を求められて勝訴した長男(65)
=愛知県大府市在住=が、朝日新聞のインタビュー取材に応じた。
「家族に賠償責任はない」とした1日の最高裁判決を
「裁判官一人ひとりが介護する家族に向き合ってくれた」と振り返った。
事故から8年余り。大企業を相手に闘った。
「最初は勝ち目もないと思い、孤独でした」。家族や親戚にも
「肩身が狭い」「うわさになる」と反対された。
列車の遅れで多くの人に迷惑をかけたことは痛感していた。
二審で男性の妻(93)に約360万円の賠償を命じられた後、
「もうやめようか」と迷った。

「ひとごととは思えない。応援しています」「在宅介護を続ける
人たちのために頑張って」――。そんな手紙やメールが
全国から届いた。似たような事 故で、鉄道会社に賠償金を

支払った人からの励ましもあった。
「家族を介護する、日本中の人の思いを背負い、ここで
やめられないと思いました」(斉藤佑介、 市川美亜子)

   ◇

最高裁判決で特にうれしかったのは、木内道祥裁判官が
「認知症の人が行動を制限されないことも重要だ」という
補足意見を書いてくれたことだったという。

長男は、一、二審では「認知症の人が社会に面倒を
起こさないようにどう監督するか」という点が強調され、
認知症の人自身の生き方に寄り添う視点がないと
感じていたという。

亡くなった男性は事故の数年前、自宅で転倒して入院中に、
認知症の症状が一気に進んだ。
点滴用の管を自ら外そうとして出血。見舞いに来た人が
誰なのかわからないこともあった。
だが、自宅に戻ると、すぐに落ち着いた。

かつて不動産業を営んでいたころ、事務所にしていた
日当たりのいい南向きの部屋で、窓の外を眺めながら
ミカンを食べたり、通りに出て花に水をやったり。

外に出られないように門や扉を施錠したこともあったが、
乗り越えようとしたり揺すって外そうとしたりするので、
家族で相談してやめた。「面倒を恐 れて何かを奪うのではなく、
なるべくおやじらしく過ごさせてやりたかった。
木内裁判官の意見で、思いを認めてもらった気がしました」

裁判では、責任能力のない人が起こした行為に賠償責任を
負うと定めた民法上の「監督義務者」に、介護する家族が
当たるかが争点となった。
最高裁の 5人の裁判官は全員一致で、男性の妻(93)と
長男は監督義務者に当たらないと判断した。2人の裁判官は、
長男を「監督義務者に準じる立場だった」と指摘 した。
「介護を頑張るほど、自分から『監督義務』に近づいてしまう。
でも、ちゃんと実情を見て義務を果たしたと考え、
免責してくれたので納得がいく」と長男は言う。

ただ、どんな場合に責任を負うのかは、今後の裁判の積み重ねに
委ねられていく。社会の高齢化がさらに進み、裁判官や
その家族も介護する立場になる例が増えていくことに、
長男は希望を託している。

「夜中に何度も起こされる時の眠さや、汚れた体を洗う時の
臭いは、いくら伝えようとしても、書面では伝えきれない。
だから、裁判官は介護する側の生活や思いを五感で想像し、
考えてほしい」

■監督責任、「あいまいさ」残る

最高裁判決は、配偶者や子どもが無条件に「監督義務者」には

ならないと認め、責任を負う範囲を狭くとらえた。
一方で、家族の身体の状態や介護実態などによっては、
責任が生じる場合があることも示した。

今回のケースでは長男は当時、遠方に別居していた。
亡くなった男性の妻は当時85歳で、自身も介護が必要な
状態だった。では、妻が健康で介護をし ていた場合に責任を
負うのかなど、基準としての「あいまいさ」は残った。
あるベテラン裁判官は「介護に積極的に関与すれば、
賠償責任を負うリスクが高まる 面はある」と指摘する。

判決後の3日、自民党の「家族の絆を守る特命委員会」では、
委員から「なるべく介護を引き受けないということになれば、
在宅介護を推進する国の方針に反する」などの意見が出た。
塩崎恭久厚生労働相は6日、「判決をもとに議論を進め、
問題点を整理していくことが大事だ」と述べ、認知症の人が
与えた損害を補償する保険制度などを検討していく考えを示した。


コメントです

認知症の男性が列車にはねられて死亡した事故をめぐり、
JR東海から損害賠償を求められて勝訴した長男さんの
インタビュー記事です。
一般的に自宅介護は精神的、体力的、経済的の3つの
観点から相当負担がかかります。
ですが、介護される側がいちばん病状が安定するのが
自宅ケアとも言われています。
さて、今回のインタビュー内容ですが、あくまでも外部からの
客観的視点で見ると、裁判の判例判決は今後の超高齢化社会に
一滴の雫を投げかけ、今後、あらゆる形態で波紋となって
参考事例になりうると思います。


posted by salsaseoul at 02:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本・社会