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2015年11月26日

(難民 世界と私たち)難民で再生する町 支援30年、米ニューヨーク州ユティカ

朝日新聞 2015年11月25日

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毎年、数万人単位で難民を受け入れる米国。
30年以上にわたって難民が移り住んできた結果、人口減に
歯止めがかかり、再生の兆しとなった町もある。
ところが、内戦が続くシリアからの難民をめぐっては米国内でも
激しい議論が起き、入国を難しくしようとする動きが加速している。

 ■人口減に歯止め・企業進出

「あなたの名前は何ですか」
「どこに住んでいますか」
「子供は何人いますか」

ニューヨーク州ユティカにある「モホーク・バレー難民支援センター
(MVRCR)」では毎日、難民が英語の授業を受けている。

ヤコブ・ユセフさん(49)は、ソマリアのキャンプで25年
過ごした。米国で職を得て、5人の子供を養うのが夢だ。
ミャンマー出身のエームダーさん(23)は5歳の時からの難民。
「キャンプでは外にも出られず、就職の機会もなかった。
もっと英語を勉強し、教師になりたい」と語る。

ニューヨークから北西に300キロ近く離れたユティカの人口は
約6万2千人。そのうち、約6分の1が難民やその家族だと
推計されている。
MVRCRのシェリー・キャラハン理事長によると、

市内では40以上の言語が使われている。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の雑誌でも
「難民を愛する町」と紹介された。

MVRCRが発足したのは1981年。ベトナム戦争を戦った
米兵とベトナム人女性の間に生まれた子供を支援する活動が
きっかけで、次第に他の国の難民も移住するようになった。
80年代は旧ソ連、90年代はボスニアと世界情勢に応じて
難民の出身地は変わり、この10年ほどはミャンマー出身者が
最も多い。これまでの30年あまりで1万5千人以上に、
住宅探しや職の紹介、英語の授業などを行ってきた。

キャラハンさんによると、市民の間では「難民は税金を払わなくて
いい」といった誤解もあったが、今では受け入れが市の活性化に
つながっているという意見の方が多い。
13年の世論調査では市民の約7割が受け入れに賛成だった。

五大湖と大西洋をつなぐための運河に面したユティカは
かつて交通の要所として栄えた。しかし、1960年代ごろから
米国の製造業に衰えが出ると人口が減少。60年の
約10万人から、40年間で約4万人減った。

それだけに、難民の移住への期待は大きい。空き店舗なども
難民が活用して空洞化に歯止めがかかり、2010年の
国勢調査で は人口が80年ぶりに増加した。ユティカを含む
オネイダ郡のアンソニー・ピセンテ郡長は「多様な人材が集まり、
グローバル企業からも注目を集めている」と 話す。
一度は近くの工場を閉鎖したゼネラル・エレクトリック(GE)も
今年、新しい工場を市内に設けることを明らかにした。
「何年も前にまかれたタネが、 今花開いている」とピセンテさんは
期待を込める。

■パリ・テロで揺れる受け入れ大国 

シリア出身者へ「慎重論」噴出

米国は15会計年度(14年10月〜15年9月)に、母国から国外に
逃れた約7万人の難民を「再定住者」として受け入れた。
どの国や地域から受け入れるかはUNHCRと協議をしながら
決めており、国内では再定住先が48州に広がる。難民は
到着してすぐに就労が可能で、1年経つと永住資格を得られ、
5年後には米国籍を取得する手続きを始められる。

受け入れる難民は90年代には10万人を超えていた年も
あったが、01年の同時多発テロを機に審査が厳しくなり、
年間で約3万人にまで減少。現在は1人の審査に通常
18〜24カ月かかり、09年ごろから7万人前後の水準が
続いている。

シリアからの難民が欧州に押し寄せる中、米国務省はこれまで
受け入れが少なかったシリア難民を中心に、受け入れを増やす
方針を打ち出している。シリアから米国に再定住した難民は
15会計年度は約1700人にとどまったが、16会計年度には
シリアから1万人を受入れ全体でも8万5千人に増やす方針だ。
17会計年度は10万人の受け入れを目標に掲げる。

ところが、11月にパリで発生したテロ事件の実行犯がシリアの
旅券を所持していたという報道が出てから、慎重論が一気に
噴き出している。これまでに共和党を中心に約30人の州知事が
シリア難民の受け入れ反対を表明。共和党が過半数を占める
下院も19日、シリア難民を受け入れる条件として、連邦捜査局
(FBI)長官ら複数の関係機関のトップが個別に、「危険はない」と
判断することを求める法案を可決した。

第2次世界大戦当時の出来事も引き合いに出されている。
ワシントン州のジェイ・インスリー知事(民主党)は、真珠湾
攻撃の後に日系米国人が強制収容されたことを例に
「恐怖が大きくなるときには、針路を失いやすい」と指摘し、
シリア難民を引き続き受け入れる方針を明らかにした。

一方、バージニア州ロアノークのデービッド・バワーズ市長は
同じ例を取り上げながらも「米国が現在受けている脅威は
当時と同じくらい現実的だ」と発言。日系人団体などから
批判され、謝罪に追い込まれた。

オバマ大統領も「難民の多くはテロの被害者で、そこから逃れようと
している。彼らの目の前で扉を閉ざすことは、我々の価値観を
裏切ることになる」と述べ、下院が可決した法案が成立しても
拒否権を発動する構えだ。しかし、法案には民主党議員も
多数賛成しており、上院も可決した場合は難しい判断を
求められそうだ。(ユティカ=中井大助)

 ■2014年までに米ユティカに移住した難民の主な出身地

 ボスニア  4449

 ミャンマー 3027

 旧ソ連   2407

 ベトナム  2084

 カンボジア  377

 イラク    368

 ソマリア   312

 ブータン   276

 ラオス    266

 スーダン   232

 (単位・人、モホーク・バレー難民支援センターまとめ)

コメントです
テロの発生によって、世界中で難民の方々に疑いの目が
向けられるようになり、当事者はもちろん、ポジティブに
受け入れを進めてきた地域の方々も困惑しています。
セカンドアビューズ(間接的虐待)です。












posted by salsaseoul at 03:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米