■「稼ぎが悪い」「バカがうつる」
東京都内に住む自営業の男性(45)が、2年余り受け続けた
妻からの暴力を明かしたのは3年前の夏だった。
妻から逃れて自宅を飛び出すと、警察官が立っていた。
「どうしました?」
男性は重い口を開いた。
前夜、酔って帰宅した妻の携帯電話にメールが着信した。
差出人は知らない男の名前で、直前まで会っていたことが
うかがえる内容だった。気配で目を覚ました妻が「携帯を返せ」と
飛びかかってきた。服を引き裂かれながら近くの公園へ逃げ、
一夜を明かして帰ると妻は再び逆上。
その騒ぎを聞いた近所の人が 110番通報をしたのだった。
1歳上の妻とは2008年に結婚した。精神的に不安定で、
目の前で手首を切られたこともある。「自分が支えなければ」と
結婚に踏み切ったが、10 年ごろから暴力が始まった。
毎月20万円の生活費を渡しても「稼ぎが悪い」とののしられ、
料理をすれば「まずい」と言われ、トイレ掃除をしても「汚い」と
責められた。自宅で仕事中に蹴られてけがをし、完成間際の
作品を壊された。
常に身構えるようになり、抜け毛が増え、吃音(きつおん)にも
悩んだ。周りから「奥ゆかしい」と評される妻の素顔は誰にも
言えなかった。だが、警察官に明かしたその日のうちに別居。
2年越しの裁判で昨年春に離婚が成立した。役立ったのは、
逃れた公園で撮影した浮気の証拠となるメールと警察官が
聴取した記録だった。「慰謝料は請求できたが、一刻も早く
離婚したくて諦めた」と男性は振り返る。あの夏、警察官に
会わなければ、孤立したままだったかもしれ ない。
神奈川県内で働く30代後半の会社員の場合、DVの被害を
訴えられないままでいる。妻の暴言が始まったのは長女が
生まれてから。「バカがうつる」と言われ、母親との 絶縁など
無理な条件が並ぶ誓約書を書かされ、まもなく自宅を
追い出された。それから2年。会社員は今も月収の半分を
超す30万円を毎月の養育費として支払い、自分は
風呂なしのアパートで暮らす。
「『子どものため』と言われれば養育費を払うしかない。
プライドが邪魔して、相談もできない」
■DV被害10%は男性
警察庁によると、DVの被害は年々増え続け、14年には
過去最多の5万9072件に上った。そのうち男性は
10・1%で、10年の2・4%から4倍に増えた。
最高裁のまとめでは、「相手からの暴力」で離婚を
申し立てた夫は00年度の882件から14年度の1475件へと
増加。一方、妻は1万3002件から1万1032件へと減った。
なお被害者の9割は女性だが、男性の被害は明らかに
なりにくい背景もある。
内閣府が14年度に実施した男女間の暴力についての
アンケートでは、配偶者からの被害経験は女性が23・7%、
男性が16・6%。そのうち「相談しなかった」と答えたのは
女性の44・9%に対し男性は75・4%。男性の方が
1人で抱え込む傾向がうかがえる。
男性からのDV相談も多く受ける森公任(こうにん)
弁護士は、男性の被害者に対する世間の理解不足から
「離婚したい場合、現場をとらえた写真や音源といった
客観的証拠が女性以上に重視される」と指摘する。
自治体も対策に乗り出している。東京都が運営する
東京ウィメンズプラザでは01年6月から男性専用の
夜間電話相談を開設。今年度からは週1回の面接相談を
始めた。京都市も13年度に男性職員が相談に乗る
電話窓口を設けた。北海道では昨年末以降、男性が
入れる「一時保護施設」を社会福祉法人の一室に準備した。
夫婦・家族問題評論家の池内ひろ美さんは「男性は社会的
地位が影響し、公的機関や勤務先に頼るケースは極めて
少ない。職場で『家庭内さえ管理でき ない』と見なされ、
出世を阻まれたり失職したりするのを極度に恐れて口を
閉ざすのが大半」と分析する。そのうえで「離婚できない
状況であれば、職場に単身 赴任を願い出たり遠くに
住む親の介護を装ったりして別居する道もある。
子どもを含む被害を減らす方法だ」とし、男性が暴力の
被害を言うことは恥ではないと強調する。(高橋美佐子)
◇
《DV防止法》 夫婦や恋人の間での暴力
(ドメスティック・バイオレンス=DV)の被害者保護と
自立支援を目指して2001年4月、超党派の議員立法で
成立した。被害者の申し立てにより、必要なら加害者に
被害者への接近禁止や住宅からの退去などの
「保護命令」が出る。これまでに3回改正され、加害者の
対象が離婚した元パートナーや同居相手にも拡大した。
この法律に基づいて全国の婦人相談所などに置かれた
「配偶者暴力相談支援センター」への相談は、14年度に
10万件を突破した。
■男性のためのDV電話相談窓口
・東京都 ※東京ウィメンズプラザで受け付け
月・水17:00〜20:00(祝日・年末年始除く)
電話03・3400・5313
・京都市
毎月第2・第4火曜19:00〜20:30受け付け終了(祝日・年末年始除く)
電話075・277・1326
・神奈川県
月・木18:00〜21:00(祝日除く)
電話0570・783・744
・横浜市 ※性別を問わない
@月〜金9:30〜12:00、13:00〜16:30(祝日除く)
電話045・671・4275
A月〜金9:30〜20:00、土・日・祝日9:30〜16:00(第4木曜除く)
電話045・865・2040
関連記事です。
「別れない。怒らせる妻が悪い」DV加害者は変われるか

パートナーから暴力(DV)を受けても、経済的な不安や子どもへの
影響を考えて別れない女性は少なくない。こうした女性の中には
「夫に変わって欲しい」と願う人もいる。
加害者に対する教育の取り組みは進んでいるのか。
■「自分は配偶者より優秀で正しい」
関東地方に住む男性会社員(41)は7年ほど前、
妻(53)からこう切り出された。
「あなたのしていることはDVです。ここに行ってくれないなら
離婚します」
妻を殴った直後に、加害者教育を受けるよう迫られたのだ。
妻が勇気を振り絞っているのがわかった。
殴ったのは良くなかったかもしれない。でも、怒らせる妻も
悪いのではないか。とにかく絶対に別れたくない……。
さまざまな思いがわき起こったが、2010年1月、
妻の要求に従うことにした。
男性が通い出したのは、民間団体「アウェア」(東京都)が
行っている加害者教育。毎週1回2時間のプログラムで、
料金は1回3千円かかる。被害者であるパートナーが
「十分に変わった」と言うまで通う決まりで、妻の求めで
来る人が多かった。
他の参加者らの前で自分の行為を話すと、
「都合の良いことしか言っていない」と突っ込まれたり、
「こうしたらうまくいった」と助言されたり。
これを毎週繰り返すうちに、DVの加害者だという
自覚が出てきた。
「夫の方が偉い」という価値観があり、妻が自分の意見を
聞き入れないと「なんでわからないんだ」と殴った。
「妻は夫を最優先にすべきだ」と考え、 電話に出ないと
怒鳴った。「妻はいつも笑っているべきだ」と思い、不機嫌
そうだと馬乗りになって暴力をふるった。自分の価値観が
正しいと思い、相手の気持ちは考えもしなかった。
アウェアの加害者教育では、力を使ってパートナーを
自分の思い通りにすることがDVだと徹底して教える。
その「力」は殴る蹴るといった身体的暴力だけでなく、
言葉で相手を否定する精神的暴力、お金を借りさせる
経済的暴力、性的暴力もある。
男性は身体的暴力をやめ、一時期は増えた精神的暴力も
減ってきた。男性の顔色を常にうかがい、うつ病にも
なった妻が半年前からアウェアの被害者支援を受ける
ようになったからだ。少しずつ自信を取り戻した妻は
「今の言い方は怖かった」などと言えるようになり、
男性が態度を変えるきっかけになった。
妻は「DVが完全になくなったとは今も言えないが
暮らしやすくなった。被害者が加害者に『教育を受けて』と
言うのはとても勇気がいる。行政や司法で受けさせる
仕組みができれば、救われる人が増えるはずだ」と話す。
アウェアの吉祥眞佐緒(よしざきまさお)事務局長によると、
加害者の男性には共通の傾向がある。
「自分は配偶者より優秀で正しい」という思いがあり、
「家事は女性がすべきだ」などと男女の固定的な役割
分担意識が強い。暴力を「相手のせいだ」と
責任転嫁する人も目立つという。
プログラムは、こんな意識を捨てて相手を尊重することを
目指す。「被害者が逃げることが日本のDV対策の中心に
なってきたが、逃げられない人も少なくない。
効果は簡単に出ないが、加害者教育を望む人に応える
必要がある」と吉祥さん。
一方、加害者教育には課題もある。プログラムを受けた
加害者を被害者が過度に信用し、かえって危険な目に
あう恐れが指摘されている。アウェアの場合、
「簡単には変わらない」ことを被害者に事前に伝え、
危険だと判断したら警察や被害者に連絡する。
加害者教育を行っている民間団体は全国に少なくとも
十数団体あるとされる。DV対策を担当する内閣府は
今年度、民間団体の質や教育内容の調査に初めて
乗り出す。教育内容や被害者の安全確保策などを
聞き取ったうえで、有識者で協議。ガイドラインづくりも
視野に入れている。
法務省は 08年度から、暴力犯罪を繰り返して
保護観察中の成人に教育プログラムの受講を
原則義務づけた。だが、「配偶者だけに暴力を振るう人が
多いなど、DVは他 の暴力とは違う特徴がある」という
意見を受けて教育内容を検討。今年度から保護観察中の
DVの加害者に対し、教育プログラムにDVも加えた。
法務省のプログラムでは、保護観察官が1対1で指導。
「パートナーが遅く帰ってきた」といった具体的な場面で、
どういう態度を取るべきなのかを考える。民間とは違い、
このプログラムを受けないと仮釈放や執行猶予を
取り消すなど強制力がある。
全国の配偶者暴力相談支援センターに寄せられた
DVの相談件数は増え続け、14年度には10万件を
突破した。DV問題に詳しいお茶の水女子大の
戒能民江(かいのうたみえ)名誉教授は
「DV加害者のうち、民間や国の教育を受ける人は
ごく一部。多くの人は自分が加害者だと気づいていない」と
指摘。 「DVは重大な人権侵害だと、社会全体の意識を
変える必要がある」と訴える。(長富由希子)
コメントです。
私的な感想ですが、ここ十数年、繁華街で夜遅くまで
時間を過ごすミドルエイジの既婚女性が増えた気がします。
それ自体は特に問題はないですが、夜遅くまで外出して、
家族の方々はどう思っているのか疑問に感じていましたが、
今日の記事を読んでその事情の片麟に触れた気がします。
また、記事内での女性は年齢的にバブル世代。
たいへん華やかな時期の若い頃を過ごした方々ですから、
そのことも影響しているのかもしれませんね。
さて、DVに関して男性は圧倒的に声を上げにくいと
ありますが、どうか公的機関などを利用して、
早急に身辺整理をすすめて生活の建て直しを
図ってほしいですね。