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2015年07月31日

殺処分目前、抱き合っておびえる犬 投稿写真に大きな反響

CNN 2015.07.27

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悲しげな表情としぐさに多くの反響が寄せられた=Malena Evans

(CNN) 殺処分が目前に迫った2匹の犬が、檻(おり)に
入れられ、おびえ切った様子で固く抱き合っているように
見える写真が保護団体のフェイスブックに掲載され、
大きな反響を呼ぶ出来事があった。

写真に写っている茶色と黒白の犬は「カラ」と「ケイラ」。
処分施設の檻の中で、カラが茶色い両前足をケイラの首に
回して固くしがみついている。2匹とも、まるで自分たちの
身にこれから何が起きるか分かっているかのように、
おびえ切った表情に見える。

この写真は、殺処分施設から犬や猫を保護する活動を
展開している米アトランタの非営利組織(NPO)
「エンジェルズ・アマング・アス」が20日にフェイスブックに
掲載した。

2匹は引き取り手が現れない限り、その日のうちに処分
される予定だったという。このため同団体は投稿の中で、
「もしも里親になりたいと思いながらためらっているのなら、
今こそ決断すべき時です」と訴えた。

写真はインターネットで瞬く間に広まり、共有や「いいね」は
数千に上った。
この反響のおかげで投稿からわずか2時間のうちに2匹の
引き取り手が見つかり、殺処分施設を出ることができたという。

同団体は、男性に抱きかかえられて甘えるカラとケイラの
2枚目の写真をフェイスブックに掲載。「2匹はもう安全です!」と
いうコメントに添えて、ペットの避妊と去勢を促し、
「ペットは生涯を通じて責任を果たさなければならないことを
分かって下さい」と呼びかけている。

コメントです。
ワンちゃんたちの引き取り手が見つかって
よかったです。
ところで、フェイスブックやツィッターの
拡散記事は、ほとんどはろくなものしか
ありませんが、たまには役に立つことも
あるようです。



posted by salsaseoul at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 北米

(世界新秩序 米中を追う)イスラエル、経済で中国接近 投資銀加盟、米に直前通告

朝日新聞 2015年7月31日


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AIIB参加は世界に広がる<グラフィック・上村伸也>

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テルアビブの海岸近くで開かれたパーティーで談笑する中国とイスラエルの
ビジネス関係者ら=5月12日、渡辺丘撮影

 建国後、一貫して米国の庇護(ひご)を受けてきたイスラエルが
、中国が提唱したアジアインフラ投資銀行(AIIB)に参加した。
英国や韓国、オーストラリアなどの同盟国もこぞって参加した
ことをよしとしなかった米国だが、対立から協調へとAIIBへの
姿勢を軌道修正している。

地中海に沈む夕日を眺めるテラスで、中国のセン永新駐
イスラエル大使が語りかけた。「中国とイスラエルの関係は
最良の時代に入った」。今年5月、イスラエルの商業都市
テルアビブでライフサイエンスの見本市が開幕し、
レセプションに両国のビジネス関係者ら約100人が集まった。

イスラエルは、1992年に中国と外交関係を結んだ。
昨年の貿易額は87億ドル(1兆800億円)超。09年比で
2倍近い。欧州連合(EU)の429億ドル、米国の271億ドルに次ぐ。

イスラエル政府は3月31日、AIIBへの参加を表明した。
中国研究の重鎮、ヘブライ大のシコール名誉教授は
「ネタニヤフ首相は中国の経済成長と巨大な市場に着目し、
政治と経済を切り離すことにした」と指摘する。
中国にとっては、サイバーセキュリティー分野などでの
イスラエルの高い技術力が魅力だ。

ユダヤ人の国家イスラエルが48年に建国された時、
最も早く国家承認したのは米国だった。近年は年間
約30億ドルの無償の軍事援助を続ける。米国からみて
第2次世界大戦後の累計で最大の援助国だ。

 だが、ネタニヤフ首相は、7月に米欧など6カ国と
イランが核協議で最終合意したことを「歴史的な誤り」と
非難。両国間にはすきま風が吹く。

AIIBへの参加表明の内幕を知りうるイスラエルの
関係者は「加盟表明の1週間前に米国の友人に伝えた」。
別の関係者は「米国は面白くは思わないだろうが、
止めはしないと確認した」と打ち明けた。

3月初めに英国が加盟を表明後、米国と同盟関係に
ある韓国やオーストラリアも続いた。「締め切り間際に
一気に動いた」とイスラエル政府関係者は語る。

 米国務省広報官は「国際的な基準を支持する限り」と
前置きしたうえで、「中国とイスラエルの関係は相互に
利益がある」とコメントした。
だが、中東への中国の関与の強まりが将来、米国の利益と
競合することへの懸念は確実にある。

 ■中国、大型事業を次々落札

中国企業は、米国と事実上の同盟関係にあるイスラエルの
大型インフラ事業を次々と落札している。

地中海に面する国内最大の輸入港アシドッドの
第2港建設工事、北部の商業都市ハイファのトンネルと
新しい港の建設。スエズ運河を通らずに地中海から
紅海へ抜けられる鉄道の建設も中国企業が請け負う
ことが有力視されている。

米議会への報告書によると、イスラエルは2000年代
初めごろまで、ロシアなどに次いで中国への主要な
武器供給国だった。
同年には、高性能レーダーを搭載した早期警戒管制機の
対中輸出が、米国の反発で中止に。05年には無人
攻撃機の輸出などをめぐり米政府がイスラエルとの
軍事技術の共同開発を一時凍結する制裁措置をとった。

先端技術の流出を警戒する米国は同年、第三国への
先端技術の輸出に事前相談を義務づける合意を
イスラエルからとりつけ、対中輸出を困難にさせた。

だが、イスラエルが高い技術を誇るハイテク分野は、
軍事転用の可能性が否定できない「グレーゾーン」を含む。

在イスラエル中国大使館のホームページには、現地に
進出する中国企業13社が紹介されている。
華為技術(ファーウェイ)も、そのひとつだ。
米国から「スパイ行為への関与が疑われる」として、
大手向けの通信設備の販売を事実上阻止されている
同社は、現地法人を買収する形でイスラエルにR&D
(研究開発)センターを置く。

元イスラエル外務省高官のエラン氏は「イスラエルは、
対米関係と中国との関係強化で得られる利益の間で、
かじ取りを迫られている」と語る。

 ■米、投資銀と協調模索

AIIB構想が表面化して以来、米国は否定的な立場を
とってきた。だが、日本など一部を除く主要国が雪崩を
打って参加してから、軌道修正し、米国が強い影響力を
持つ世界銀行を始めとする、既存の国際金融機関を
通じて間接的に連携を深めつつある。

 「彼はプロの銀行家だ」

世銀ナンバー2、バドレ最高財務責任者(CFO)は、
今年初めて会った中国の金立群・元財務次官をこう評した。
金氏はAIIBの初代総裁に就く。

「AIIBの参加国の多くは、世銀の加盟国だ。有効な
組織になるよう、我々としても真剣に関与していく必要がある」

7月中旬、世銀のキム総裁は北京を訪れ、金立群氏と
会談した。これに先立つ7月1日には、パリの経済
協力開発機構(OECD)本部を李克強(リーコーチアン)
首相が訪れている。「先進国クラブ」ともいわれるOECDの
本部を中国の首相が訪れるのは、初めてだ。
グリア事務総長は中国語の成句を織り交ぜた
スピーチで首相の訪問を歓迎した。

開発援助の世界は、もはや中国抜きでは回らない。
予想を超える大所帯で船出するAIIBが、
そうした現実を象徴している。

(テルアビブ=渡辺丘、吉岡桂子、)
(北京=斎藤徳彦、ワシントン=五十嵐大介)


コメントです。
中国が、経済危機のギリシャに続いて、
兵器開発等で高度な技術を持つ
イスラエルに、圧倒的経済力を駆使して
触手を伸ばした内容記事です。
しかし、これ以上中国が軍事大国として
発展するのは、世界的平和秩序の観点から
見ても、かなり問題有りですね。







posted by salsaseoul at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 中東

遺伝子異常調べ、抗がん剤選択 米で試験へ 別の臓器向けでも効く可能性

朝日新聞 2015年7月31日

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 米国立保健研究所(NIH)は、がん細胞の遺伝子を解析して、
効き目の高い抗がん剤を選ぶ新しい治療法の開発に乗り出す。
胃や肺など臓器ごとに開発された抗がん剤を、がんの原因と
なる遺伝子異常の組み合わせに応じて処方する。
患者に最適な抗がん剤を処方できるようになるとともに、現在、
臓器別に行われている治療を根本的に変える可能性がある。

NIH傘下の米国立がん研究所(NCI)を拠点に、標準的な
治療で使われる抗がん剤が効かなかったがん患者
約3千人からがん細胞を採取、がんに関係する143個の
遺伝子の4千カ所以上の部分を網羅的に解析する。
見つかった遺伝子異常の組み合わせに対応して別の
抗がん剤を投与する臨床試験を行う。患者の募集を近く始める。

抗がん剤では現在、たんぱく質の異常な働きを阻害する
「分子標的薬」が次々登場している。通常、がんのできる
臓器ごとに開発・承認されるが、原因となる遺伝子異常が
同じなら、異なる臓器のがんでも効く可能性がある。
例えば乳がん用に開発された分子標的薬トラスツズマブは
HER2遺伝子の異常を標的にしているが、胃がんや
肺がんでも同じ遺伝子の異常が原因になっている
ケースがあることがわかっている。

臨床試験では、製薬企業の協力のもと20種以上の
抗がん剤やその組み合わせを試す。NCI所長代理の
ダグラス・ローウィー博士は声明で「がん治療を変える
可能性がある」などと述べた。将来は、事前に遺伝子
異常を調べて最適な抗がん剤を選べる可能性があるという。

 (ワシントン=小林哲)

 ■日本も解析、比較可能に

日本でも米国と同じく143の遺伝子の4千カ所以上を
解析して抗がん剤の選択につなげるプロジェクトが
今年春に始まった。国立がん研究センターが全国の
医療機関や製薬企業と提携して進める「スクラムジャパン」で、
2年間で肺がん消化器がん患者4500人が参加を予定する。

米国とは違って臨床試験が同時に設定されていないため、
結果をもとに患者に効果がある可能性のある抗がん剤を
使った臨床試験があれば担当医に伝える。
参加条件を満たせば投与を受けられる可能性がある。

今回のプロジェクトで1人分の解析費用は約40万〜50万円。
参加する13の製薬会社が負担する。日米で同じ種類の
遺伝子異常を調べているためデータが比較できる利点もある。
国立がん研究センターの土原一哉トランスレーショナル
リサーチ分野長は「患者の遺伝情報と効き目や副作用などの
臨床情報のデータが蓄積すれば、新たな抗がん剤開発にも
役立つ」という。

将来的には、臓器別に分類されている現在のがんの概念が、
遺伝子異常のパターンに応じた分類に変わる可能性もある。

 (瀬川茂子)


(2015年 発表)厚生労働省は30日、2014年の
日本人の平均寿命が女性86・83歳、男性80・50歳で、
いずれも過去最高を更新したと発表した。

女性は前年より0・22歳延び、3年連続で長寿世界一。
男性も0・29歳延び、世界3位タイとなった。

 平均寿命は、その年に生まれた0歳児が平均何歳まで
生きるかを 予測した数値。海外の最新統計と比べると、
女性は香港(86・75歳)を上回り、3年連続の世界第1位。
男性のトップは香港(81・17歳)、2位はアイ スランド
(80・8歳)で、日本はシンガポールやスイスと並んで
3位だった。

厚労省によると、平均寿命が延びたのは、女性は
心疾患や脳血管疾患で、男性はがんや肺炎で、亡くなる人が
減ったり、亡くなる時期が遅くなったりしたことが要因とみられる。

がん、心疾患、脳血管疾患の「3大疾患」で亡くなる確率は、
男性は52・2%(前年比0・22ポイント減)、
女性は47・8%(前年比0・66ポイント減)だった。

コメントです。
がん治療の最新記事です。
最近よく聞く、
「日本でがんにかかる人は3人に1人… 」。
このように、昔とくらべて「がん」という病気が
特別なものでなくなった今、治療法がどんどん
進歩していくのは頼もしいかぎりです。
参考までに、2015年版・日本の平均寿命に
ついての記事も掲載しました。
平均寿命が延びた分、できるだけ自己努力で
健康維持に努め、なるべく公的機関
(医療・福祉介護等)のお世話にならないで
毎日を過ごせたらいいですね。




posted by salsaseoul at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 医療

(世界発2015)ナチスに拉致され、揺れた半生 ポーランド人男性語る


朝日新聞 2015年7月29日

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トバルデツキさん=6月、ワルシャワ、玉川透撮影

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養子になって間もない頃のトバルデツキさん=「ぼくはナチにさらわれた」
(平凡社刊)から

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ドイツの家族。右が養父=「ぼくはナチにさらわれた」(平凡社刊)から

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ポーランドの実母(左)と、その2番目の夫=「ぼくはナチにさらわれた」
(平凡社刊)から

 第2次大戦中、ナチス・ドイツは「金髪・碧眼(へきがん)(青い目)」の
子供たちを他国から連れ去り、ドイツ人にしようと企てた。
「レーベンスボルン(生命の泉)」計画と呼ばれ、被害者は
数十万人にのぼるともいわれる。戦後70年の今、ポーランド人の
被害男性が拉致に翻弄(ほんろう)された半生を語った。

 ■4歳でドイツへ、養子に 16歳、実母に再会し「帰国」

「子供の出生に秘密があるなら、それを早く教えてあげるべきだ。
遅れるほどショックは大きい」

ワルシャワ市内の自宅で6月、ポーランド人の
アロイズィ・トバルデツキさん(77)は、数奇な半生を語り始めた。

独西部コブレンツの公務員家庭での暮らしが変わったのは、
終戦まもない1948年、11歳の頃のことだった。
当時の名前は「アルフレート」。学校 から帰宅すると、父母と
祖父母が暗い表情で待っていた。尊敬する父がこう言う。
「アルフレート、ポーランドのお母さんから、手紙が届いている」

自分が実子でないことは知っていた。幼い頃、養子縁組が
決まるまで預けられていた孤児院に、養父が引き取りに
来てくれた時のおぼろげな記憶もあった。
だが、実父はナチス親衛隊の高級将校で戦死し、実母は
出産時に亡くなったと聞かされていた。

「自分がポーランド人なんてあり得ない。ナチスの宣伝の
影響で、『ポーランド人は汚い、人間以下』と思い込んでいた」

ナチスの「生命の泉」計画は、周辺国から金髪・碧眼の
子供を誘拐し「ドイツ人孤児」として教育し、子供の
いないドイツ人家庭の養子にさせるというものだった。
戦後、国際機関などが拉致被害者の身元の特定を
試みたが、ナチスが子供の名前を変えたり、戸籍を
改ざんしたりしたため、作業は難航した。

トバルデツキさんの場合は、一緒に誘拐された7歳年上の
いとこが「アルフレート・ハルトマン」というドイツ名を
覚えていたことが身元判明のきっかけになった。だが証明は
難しく、トバルデツキさんは自分はドイツ人だと信じ続けた。

ポーランドの実母を再び意識するようになったのは16歳の
夏休みだった。育ての母はがんで亡くなり、養父は再婚。
「ポーランドに遊びに来ないか」 という実母の誘いに、
思春期の心が揺さぶられた。「息子ではない」と告げる
つもりでポーランド西部に赴いた。駅のホームに迎えに
きていた実母の目を見た瞬 間、我を忘れた。
「天使のように優しかった。私と同じ青い目だった」。
2週間後、ポーランドにとどまる決心をした。

 ■東西冷戦下、養父が病に 会えぬまま、届いた悲報

実母が再婚したポーランド人男性も、トバルデツキさんを
温かく迎えてくれた。4歳でナチス親衛隊に汽車に
乗せられ、孤児院に入れられた記憶が徐々に
よみがえった。
3人で暮らすうち、ポーランド人への偏見は消えていった。

だが、「ドイツ人」の自分も捨てきれなかった。
惜しみない愛情を注いでくれたドイツの家族を
恨む気にはなれなかった。

19歳の時、疎遠になっていた養父から長文の手紙が

届いた。「私は決して(ナチスの)犯罪に加担していない。
おまえにだけは信じて欲しい」

2年後、養父が病に倒れたと知り、トバルデツキさんは
ポーランド政府に西独に行くためパスポートの発給を
申請した。だが、東西冷戦のさなかで約60回に及ぶ
申請は却下。国際電話もつないでもらえず、悲報が届いた。
養父の手紙も盗まれた。「秘密警察の仕業」だと思っている。

トバルデツキさんはポーランドでしばらく出自を
明かさなかった。秘密警察を恐れたからだ。
自伝「ぼくはナチにさらわれた」(平凡社ライブラリー、
足達和子訳)を出したのは69年。各国で翻訳され、
ナチスによる拉致被害が広く知られるようになった。

戦後70年の今年1月、実母は101歳で他界。
トバルデツキさんも数年前から体を壊している。
「生命の泉」計画の生き証人は年々、少なくなっている。

 (ワルシャワ=玉川透)

 ■金髪・青い目の子狙う 「優秀な国民」増やす目的

ナチス総統のヒトラーから秘密組織レーベンスボルンの
全権を委ねられた親衛隊長官のヒムラーは、独国内で
優秀とされた青年男女を集めて組織的に出産を進めたほか、
周辺各国から金髪・碧眼の幼児ばかりをさらって
ドイツ人化した。「優秀な国民」を増やす目的だったという。
ナチスは、アーリア人が世界で最も優れた民族で、
その特徴が金髪・碧眼だと考えた。

トバルデツキさんの自伝を日本語に翻訳した足達さんに
よると、子供の連れ去りは40年代初めから欧州各地で
行われた。最終的に500万〜600万人をドイツ人化
する計画だったという。被害者数は、50万人にのぼると
いう説もあるが、実態は不明だ。

ベルリン自由大学のクリストフ・コッホ教授は「出自が
分かってもナチスの思想に染まり、親元に戻ることを
拒否した子が多かった」と語る。ポーランド政府は自国の
被害者を20万人と推計しているが、ドイツ側は2万人と主張。
西独で身元が判明したポーランド人被害者は約1万人で、
本国に送還された。



レーベンスボルン(ドイツ語: Lebensborn)は、
ナチ親衛隊(SS)が設置した母性養護ホーム、
福祉機関。ドイツ民族の人口増加と「純血性」の確保を目指した。
生命の泉」または「生命の泉協会」と訳されることが多い。


第一次世界大戦以降、1920年の894,928人から、1932年の
512,793人へと、ドイツの出生率は激しく落ち込んだ。
男性の戦死によって、200万人以上の女性が夫ないし
夫となるべき男性を失ったためと考えられる。また、当時、
第一次大戦後の世界恐慌による生活苦などのための堕胎が
流行し、60万から80万(1937)もあり、出生率を越える、
と見積られた。

そこで、1934年3月、ナチス福祉局(NSV)は、母子援助制度を
創設し、経済支援を行った。ドイツ児童手当制度
(Das Deutsche Institut für Jugendhilfe e.V.)は、
父親が養育費を払えない子供たちの世話に当たった。

1935年12月、SS長官兼ドイツ警察長官ハインリヒ・ヒムラーは、
未婚の母と子のために、ベルリンに「生命の泉」
(Lebensborn)協会を創設した。この協会は親衛隊の
本部のひとつであるカール・ヴォルフの「親衛隊全国
指導者個人幕僚部」の管轄下だったが、自立運営され、
SSと無関係の母子も利用でき、「民族的義務」として
SS兵士からの寄付でまかなわれた。

1936年8月15日、「生命の御泉」協会は、最初の生活保護
施設「高地荘」を、バイエルン州エーベルスベルク郡の
シュタインヘーリンクに開設した。この住宅には、母親の
ための30床と子供のための55床があり、1940年までに
倍増され、SS医官グレゴール・エープナー
(de:Gregor Ebner)が担当した。しかし、ここに収容
されるためには、SSと同様の人種的、係累的な条件を
満たすことが求められるようになった。

これに続いて同協会の生活保護施設が国内外の各地に
次々と創設された。

なおフィクション作品(後述)の中には、レーベンスボルンが
ナチズムの人種思想に基づく特別な施設であるような扱いを
している場合があるが、上記のようにレーベンスボルンは
SSの福祉施設であるため、SS隊員と同様の人種条件が
施設利用者である母や子にも課せられたことによっている。

子供達のその後

彼らはその親たちが手を染めた戦争犯罪には無関係で
あるが、第二次世界大戦後、親の世代の犯罪が暴かれる
ことによって非難され、彼ら自身の出自を意識するように
なった。1960年代に青春期と成年期に成長するとともに、
彼らは罪の意識を感じ社会に拒絶された親たちを恥じた。

コメントです
第一次世界大戦以後のドイツ・ナチスによる
優性政策記事です。
しかし、ここでもやはり決定条件は『見栄え』ですか。
ここ、数年、日本でも大流行のワード『イケメン』も、
基本思想は似たようなものかもしれませんね。





posted by salsaseoul at 21:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 欧州